処分理由の追加・差替えの可否

処分理由の追加・差替えの可否について

 

処分時には、Aという理由で処分し、その処分の取消訴訟においてBという異なる理由を被告が追加主張しうるか、あるいはAに替えてBという異なる理由を主張しうるか、という問題が今回のテーマです。

 

     問題の所在

 

まず、原告としては、Aという理由でなされた処分について争っていたわけですから、訴訟に入ったら、いきなり被告たる行政側に、実はあの処分はBという理由もあったのだ!といわれても、寝耳に水でありまして、不意打ちです。このような不意打ちが訴訟上許されているのかがまず問題となります。この問題は、取消訴訟の訴訟物及び行政事件訴訟法7条が準用する民事訴訟法157条の問題です。

 

次に、訴訟上許されるとしても、理由付記という手続きが要求されている趣旨を没却するものとして許されない場合があるのではないか、という点が問題となります。

順番に見ていきます。

 

     取消訴訟の訴訟物

 

取消訴訟の審判の対象たる訴訟物については、処分理由との関係における処分の適否であるとする有力説も存在しますが、通説・判例は、訴訟物を行政処分の違法性一般と捉えています。

 

有力説を前提にすると、処分理由の差替えや追加は、処分の同一性を害するがゆえに、訴訟物の同一性を害することになりますので、原則として理由の追加等は許容されず、この論点はいきなり終わりを迎えることになります。

 

他方、通説的見解を前提にすると、処分理由は攻撃防御方法にすぎませんので、その差替えや追加は原則として自由に行いうることになります。

判例も、最判昭53919において、「一般に、取消訴訟においては、別異に解すべき特別の理由のない限り、行政庁は当該処分の効力を維持するための一切の法律上及び事実上の根拠を主張することが許される」としており、同様の見解を示しています。以下では、この見解を前提とすることにします。

 

もっとも、この見解を前提にしても、訴訟内での不意打ち防止については、通常の訴訟と同様にはかられます。(行政事件訴訟法7民事訴訟法157

 

ただ、訴訟内での不意打ち防止というのは、裁判も終わりかけという段階での新主張提出を時機に後れた攻撃防御方法として却下する等、あくまで裁判手続き内での不意打ち防止の規定ですから、処分理由の追加自体をもって不意打ちと評価することはありません。

ですので、原告救済には全く不十分です。そこで、次の論点に移ることになります。

 

     理由付記の趣旨による主張制限

 

訴訟上理由の追加・差替えが許されるとしても、理由付記を要求した法の趣旨から、理由の追加・差替えの主張が一定程度制限されることがありうることは承認されています。

上記判例も、「一般に、取消訴訟においては、別異に解すべき特別の理由のない限り、行政庁は当該処分の効力を維持するための一切の法律上及び事実上の根拠を主張することが許される」といっている訳ですから、「別異に解すべき特別の理由」があれば、主張できなくなることを認めています。

では、いかなる理由に基づくものであり、また、「別異に解すべき特別の理由」とはどのような場合を指すのか、見ていきたいと思います。

 

そもそも理由付記が要求されたのは、「理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してその恣意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申し立てに便宜を与えること」(最判平111119)が目的です。①恣意の抑制と、②不服申し立ての便宜が趣旨なのです。訴因の機能(刑訴法)等他の法分野でもたいてい情報を与えるべき旨法が定めている場合の趣旨はこの二つですよね。

 

しかし、この理由提示の趣旨は、最判平111119が指摘するように、一応の理由であれ(一番上の例でいうと理由A)、理由を具体的に記載して通知した以上、ひとまず実現したものと解する余地もないではないですし、また、理由の追加・差替えを認めなければ、行政側としては、理由Aでの処分は諦めたとしても、取消訴訟の既判力では理由Aに基づく原処分の取消しとその違法性が確定するにすぎず、行政事件訴訟法33条の拘束力は取消判決の理由についてのみ生じるため、行政庁が別の理由Bによって新たにもう一度処分をなしてくれば、阻止できず、紛争の一回的解決に資さない結果を生むのです。

 

ですから、一般論としては、理由付記の趣旨と、紛争の一回的解決や他の公益上の要請とを比較して前者が大きいような場合には、「別異に解すべき特別の理由」があるものとして、理由の追加・差替えの主張制限が認められることになります。

 

cf. 紛争の一回的解決に関しては、阿部先生のように、行政庁が訴訟で主張しえた事由について信義則による失権効を認める見解に立つならば、考慮する必要はなくなりますので、より理由の追加・差替えを認めない(主張制限を認める)方向になります。

 

     具体的検討

 

上記一般論を色々な局面ごとに見ていくことにします。

 

(1)   理由付記が義務付けられていない処分

 

理由付記が義務付けられていない処分について、上記最判昭和53919は、理由の追加・差替えは制限されないと判断しています。天秤の片方に理由付記の趣旨という錘が載っていないのですから、そりゃこうなります。

もっとも、今日では、行政手続法の制定により、不利益処分・申請拒否処分について、原則として理由の提示が義務付けられていますので、この類型が問題になることはあまりないように思われます。

 

(2)   理由付記が義務付けられている処分

 

このカテゴリーの処分について、小早川先生は、不利益処分と申請拒否処分を分け、不利益処分については、処分時の理由に拘束され理由の追加・差替えは認められるべきではないが、申請拒否処分については、原告が処分内容に関する主張や認否の応対をするかぎり、被告からの理由の追加・差替えを認めています

これは、申請拒否処分の場合には、紛争の一回的解決の要請が大きく、また、処分の同一性という点でも、理由が異なっても特定の申請を拒否する処分という意味での同一性を認めることができ、追加・差替えを認めやすいからであるといわれています。