被害者の同意について
今回は、被害者の同意にスポットを当ててみます。
被害者の同意がどのような形で問題になるかといえば、法益の主体である被害者が、法益侵害に対して同意を与えたとき、犯罪成否にどのような影響を与えるの?という形です。
これは総論の論点ですし、全ての罪を分析対象としています。しかし、罪によって、被害者の同意が与える影響は異なりますので、一律に分析しても仕方ありません。そこで、まず罪を類型化して、被害者の同意が与える影響を概観してみます。
① 犯罪の類型化
(1)同意の有無が問題とならない場合
ex.13歳未満の女子に対する強姦罪(177条後段)、国家的法益や社会的法益に対する罪の大半など
⇒同意が「違法性に影響しない」ことを示します。
(2)同意がある場合と無い場合が分けて規定されている場合
ex.殺人罪(199条)と同意殺人罪(202条)、213~215条1項など
⇒同意が「類型的に違法性を減少させた」ことを示します。
(3)同意が存在しないことが構成要件要素となっている場合
ex.住居侵入罪(130条)、強姦罪(177条前段)、窃盗罪(235条)など
⇒同意が「構成要件該当性を阻却する」ことを示します。
(4)それ以外の場合
ex.傷害罪(これだけがこの類型だと思います。)
⇒同意が「構成要件該当性阻却?違法性阻却?」
以上から明らかなように、(4)以外は、同意が与える影響は明らかになっています。つまり、被害者の同意の効力を論点として論じるべきなのは傷害罪の場合だけということです。
では、傷害罪の場合、なぜ被害者が同意すれば、罪は成立しないことがあるのでしょうか。
② 同意の正当化根拠
何故、同意によって行為が正当化され、罪が不成立になるのかについて、大きく分けて三つの見解があります。
(1) 社会的相当性が満たされるから(判例、大塚教授など)
判例(最判昭和55・11・13)は、「被害者が身体障害を承諾したばあいに傷害罪が成立するか否かは、単に承諾が存在するという事実だけでなく、右承諾を得た動機、目的、身体障害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合わせて決すべき」といっています。つまり、この見解は、被害者の自己決定権に絶対的な意味を持たせず、同意のみで法益侵害性は失われないとします。そして、同意があることを一要素としつつ、他の要素と併せて違法性阻却の可否を論ずることになるのです。
(2) 法益処分権の行使で、要保護性(又は行為の法益侵害性)が欠けるから(多数)
大谷教授の表現を借りながら説明すると、犯罪処罰は、法益保護のためです。それは、行為無価値論、結果無価値論のいずれに立っても変わりません。法益主体が処分できる法益について自らその侵害に真に同意している以上は保護すべき法益は存在しないですよね。そのため、同意の動機・目的がどうあれ正当化できると考えるのです。
(3) 自己決定の利益が法益保護の利益に優越するから(曽根教授)
曽根教授は、違法性阻却事由の根拠を一元的に優越的利益の実現に求める立場から、自己決定の利益が法益主体の固有の意味における法益を優越し、結果として違法性が否定されるのだ、と主張されています。
(2)と(3)は、被害者の自己決定権を重視し、同意のみで正当化されると考えています。(2)と(3)の違いは、自己決定の利益を法益とは別の利益と考えるか否かにあります。
事案を処理するうえで無難なのは、(2)だと思われます。(1)は判例の立場ですが、社会倫理それ自体の保護につながりやすい、という批判は免れず、私にはあまり説得力のない見解だと思われるからです。特に、結果無価値論ならば、(1)は採らない方がよいでしょう。
③ 同意の体系的地位
さて、次に同意の体系的地位の問題に移ります。これはつまり、傷害罪では同意によって、構成要件該当性が阻却されるのか、それとも違法性が阻却されるのか、という問題です。
②において、(1)や(3)に立った場合、違法性阻却と考えることになります。また、(2)に立った場合も、法益処分権の行使で法益の要保護性が欠けると考える立場からは違法性阻却と考えることになります。通説は、違法性阻却といえるでしょう。
他方、(2)に立ったうえで、法益侵害性に欠ける、と考えると構成要件該当性に欠けるということになります。前田教授がこの立場です。
この問題に関しては、理論上は、日本社会が「傷害」という行為の中に「法益を害しない形での傷害」が含まれることを想定しているか、がまず問題となりま す。含まれないのなら、その行為は「傷害」行為ではありえないのですから、構成要件該当性に欠けますし、含まれるなら構成要件該当という余地はあります。
次に、日本社会は「法益を害しない形での傷害」を想定しているとしたうえで、構成要件該当性を否定しようと思えば、刑法固有の「傷害」を定義しなけ ればなりません。一般的な定義である「生理的機能の障害惹起行為」では足りません。例えば、「相手方の同意なしに生理的機能の障害を惹起する行為」とでも する必要があります。
しかし、刑法の通説を離れて独自路線を突っ走っているわけですから、おすすめはしません。構成要件該当性は認めたうえで、違法性阻却と考えるべきでしょう。
以上が、「有効な同意」を念頭においた、「同意の効力」の議論でした。
主張構成上は、これに先立って、被害者の同意が本当に有効であったのかを検討する必要があります。
どのような同意が有効といえるかについては、佐伯仁志教授の分類に従うと、(1)同意が法益侵害の時点(他説:行為の時点)で存在すること(2)同 意が表示されていること(他説:表示不要)(3)被害者が同意を認識していること(他説:認識不要)(4)被害者に同意能力があること(5)被害者に結果 の認識だけでなく、実現意思や甘受があること(6)意思決定の自由が抑圧されていないこと(7)同意に本質的な錯誤がないこと(他説:法益関係的錯誤がな いこと)
のすべてが必要です。もちろん、事案処理で問題となっている点のみを検討することになりますので、最初にすべての要件を列挙するのは愚策です。
最後は駆け足になってしまいましたが、これで、被害者の同意についての検討を終えることにします。