放火罪総説

放火罪総説

 

これから、数回にわたって放火罪を取り上げます。放火罪の典型論点は、「公共の危険関連」(公共の危険の意義、危険の認識の要否)、「既遂時期関連」(焼損の意義、公共の危険の発生の要否)、「現住性関連」(建造物、住居、現住の意義、範囲)です。

これらは、「公共の危険」の意義を中心に、複雑に絡み合っている論点でして、理解は容易ではありません。

さらに、難燃性建造物の登場で、「公共の危険」概念は少しずつ変容しており、それに伴って、焼損の概念や現住建造物の範囲の解釈論は新段階を迎えています。

 

そこで、まず今回は、これらの概念がどのように問題となり、どのように絡み合っているか、難燃性建造物の登場は如何なる意味を有するかを中心に、放火罪の論点を概観してみたいと思います。

     放火罪の全体構造

放火罪は、刑法108条以下に規定がありますが、おおよそ以下のような構造になっています。

(故意犯)

条文

条文上の客観要件

性質

108

放火、現住または現在建造物の焼損

抽象的危険犯

1091

放火、他人所有の非現住かつ非現在建造物の焼損

抽象的危険犯

1092

放火、自己所有の非現住かつ非現在建造物の焼損、公共の危険の発生

具体的危険犯

1101

放火、他人所有の建造物以外の物の焼損、公共の危険の発生

具体的危険犯

1102

放火、自己所有の建造物以外の物の焼損、公共の危険の発生

具体的危険犯

1111

放火、1092項または1102項物件の焼損、108条または1091項物件への延焼

結果的加重犯

1112

放火、1102項物件の焼損、1101項物件への延焼

結果的加重犯

 

※汽車、電車、艦船、鉱坑は省略しました。もし抽象的危険犯、具体的危険犯、結果的加重犯という概念が分からない場合は、申し訳ありませんが、ググってみてください。

(過失犯)

条文

条文上の客観要件

性質

1161

失火、108条または1091項物件の焼損

過失犯

1162

失火、1092項または110条物件の焼損

過失犯

 

     放火罪の罪質

108条を見て頂きますと、法定刑の重さに気が付かれるはずです。最高刑は死刑ですし、199条の殺人罪と全く同じ重さです。この法定刑の重さ及び条文上の位置づけ等から、放火罪は単なる(毀棄罪の延長線上の)財産犯にとどまるものではなく、社会的法益に対する罪である公共危険罪と考えられています。この点に学説上の争いはありません。

このように、「公共の危険」の概念は、放火罪の本質を如何に捉えるかに関わってきますので、その意義がまず問題となってくるのです。

判例は、「不特定または多数の人の生命・身体・・・財産に対する危険」(最判平成15414)と定義しています。これが如何なる意味を有するのか、という点も含めまして、次回、「公共の危険」の意義を明らかにしていきたいと思います。

また、(少なくとも具体的危険犯においては)「公共の危険」の発生は客観要件ですので、責任主義の観点からは、その認識が犯罪成立に要求されると言えそうです。もっとも、条文上は「よって公共の危険を生じさせた」等と結果的加重犯等のような規定であり、その認識は不要と考えることもできます。そこで、「公共の危険」の認識の要否が問題となります。

     「現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物」

次に、「現住または現在」か否かは、①でみたように108条と109条を分ける重要な概念ですので、この意義が問題となります。

人が現在しているか否かは、具体的な事案において容易に判断できるでしょうから、特に問題となるのは現住性の意義です。そして、これらの概念と「住居」、「建造物」の概念とを整理する必要があります。

また、人が放火時、建造物内に現在していないのに、「現に人が住居に使用し」ただけで、人が現在した場合と同等の罪に問える理由が明らかにされなければなりません。これを説明するためには、「公共の危険」と現住性の関係を明らかにすることが不可欠です。これは次回以降に明らかにしていきます。

     放火罪の既遂時期

条文上、「放火」行為によって未遂となり、「焼損」によって既遂となります。特に「焼損」の意義について学説上争いが激しいことは皆さん周知の通りです。さらに、近時は公共危険犯という罪質から、(抽象的危険犯である108条・1091項においても「焼損」に加えて)「公共の危険」も既遂時期を画する概念だとする議論も有力です。この点について、次回以降なるべく丁寧に説明する予定です。

     難燃性建造物に対する対応

難燃性建造物の登場で、放火罪の解釈論は新たな問題を突き付けられました。

(1)「公共の危険」との関係

本質的な問題は、「公共の危険」の発生に燃焼作用の存在は不可欠であるか、という問題です。火は、コントロール出来るものではなく、どんどん燃え広がってしまうという、火力の展炎性、発展性が「公共の危険」の柱であることは疑いありません。しかし、難燃性建造物においては、そのような客体の燃焼による危険はなくとも、有毒ガス等による危険が発生し得るのです。それをも「公共の危険」に含めてよいのか、というのがこの問題です。

(2)「現住性」との関係

個々の文言解釈においても、例えば「現住性」という文言は、従来は、複数の建物がある場合に、建物群をまとめて「現住建造物」といえるか、という形で問題となっていたのが、難燃性建造物の登場により、耐火性マンションの一室に対する放火はマンション全体に対する放火といえるか、という形で新たに「現住性」が問題となる類型が登場しました。

(3)既遂時期との関係

さらに、難燃性建造物においては、独立燃焼に至る前に有毒ガス等による危険が発生してしまう事から、既遂時期及び「焼損」の概念が揺らいでいます。というのも、従来の学説の議論は、独立燃焼の存在を前提として、既遂時期を遅らせるために、それ以上の要件が必要であるか、という形で議論されていたからです。

以上で、「公共の危険」の解釈が他の論点と如何に絡み合っているか、難燃性建造物がどれほど従来の議論を揺さぶっているかという点について何となくご理解頂けたのではないか、と思います。次回以降、個々の論点について詳しくみていくことにします。各々の論点について説明する中で、特に判例の結論を採る際の論理と、難燃性建造物に対する対処方法を明らかにしていきたいと考えています。