因果関係論(下)

因果関係論について(下)

 

前回まで、因果関係論の学説状況を見てきました。

その結果、学説をそのまま展開するのではなく、学説の共通部分を基準として、あとは判例を参考にしたあてはめをすればよい、という方向性が見えてきました。

 

学説の共通部分については前回見ましたので、今回は判例を見てみることにします。

 

⑥ 判例

 

因果関係という分野ではあまりに広いため、検討する判例の範囲を狭めます。

 

前回説明しましたエンギッシュの分類のうちの「行為の相当性」につきましては、予見可能性判断がなしうるので、構成に困ることはないはずです。そこで、「因果経過の相当性」に焦点を当てたいと思います。

 

因果経過の相当性に関する事例は、介在事情の種類によって(1)行為者以外の他人(被害者含む)の行為が介在した事案(2)行為者自身の行為が介在した事案(3)自然現象が介在した事案の3つに大別できます。この中でも最も典型的な(1)の事案についての代表判例を素材に、判例の立場を分析した考え方を紹介します。(2)(3)でも構成の仕方は同じです。

 

(1-1)他人の過失行為が介在した事案

 

ex.医師の資格を持たない被告人が、風邪の症状を呈する被害者に対して異常な治療方法を採るよう指示したところ、被害者及びその家族がこれに従い、医師の診療を受けさせることもないまま症状を悪化させ、被害者が死亡した(柔道整復師事件、最決昭63・5・11


「被告人の行為は、それ自体が被疑者の症状を悪化させ、ひいては死亡の結果をも引き起こしかねない危険性を有していたものであるから、医師の診察治療を受けることなく被告人だけに依存した被害者側にも落度があつたことは否定できないとしても、被告人の行為と被害者の死亡との間には因果関係がある」


ex.スキューバ・ダイビングの指導者が夜間潜水の訓練を実施するに当たり、絶えず受講生らに付き添って注意を払っているべき義務を怠ったため、受講生の一人が慌てて適切な措置を取れないまま溺死するに至った(夜間潜水訓練事件、最決平4・12・17


「被告人が、夜間潜水の講習指導中、受講生らの動向に注意することなく不用意に移動して受講生らのそばから離れ、同人らを見失うに至った行為は、それ自体が、…被害者をして、…溺死させる結果を引き起こしかねない危険性を持つものであり、被告人を見失った後の指導補助者及び被害者に適切を欠く行動があったことは否定できないが、それは被告人の右行為から誘発されたものであって、被告人の行為と被害者の死亡との間の因果関係を肯定するに妨げない」

 

(1-2)他人の故意行為が介在した事案

 

前述の大阪南港事件において「犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することが出来」る、と判示した。

 

被告人の行為「それ自体」が有する結果発生に対する「危険性」を特に重視している事は上記判例からも明らかですし、判例理解の共通の前提です。このフレーズは構成上使いたいですね。

一歩進んで、判例がどのような基準を採用したのかいくつかの考え方がありますので、見てみましょう。

 

一.   前田教授は、基準の規範化を推し進め、因果経過の相当性が問題となる局面においては、「行為」「介在事情」「結果」の三要素があることに注目し、「①実行行為性に存する結果発生の確率の大小、②介在事情の異常性の大小、③介在事情の結果への寄与の大小」の総合考慮が 判例の公式だとします。これは、調査官解説に出てきた様々な判例における考慮要素と思われるものを全部合体させた見解なのですが、説得力はあまりないよう に思われます。大塚裕史教授は、『刑法総論の思考方法』132頁において、三つの要素のうち二つあれば原則として相当性認めていいのだ、とされますが、単 純に考えてそんな構成に説得力はありませんよね。大塚教授もあくまで総合評価と強調されていますが、それならこの三つに分類する必要がそもそもありませ ん。

 

二.   調査官解説によると、柔道整復師事件において言及された「行為それ自体の危険性」について「被告人の行為の危険性がそのまま現実化した場合であること」を指すとしています。これは、判例は行為「それ自体」というけれど、「~結果を引き起こしかねない」という形で、行為のみに着目するのではなく、行為の危険性が結果に実現したかどうかを判断していることを根拠としています。この基準はそのまま使えますね.

 

また、調査官解説は、夜間潜水訓練事件決定において「誘発」の意味するところは、「(介在行為が)当初の被告人の行為が持つ危険性の範囲内のものであること」をいうとしています。これもこのまま基準としていいと思われます。

 

 

以上をまとめて、一つの処理の仕方を提示します。

 

「因果経過の相当性」に関する事案の処理にあたっては、まず当然ながら条件関係の存否を判断します。その存在を前提に、今度は相当性という基準の必 要性を説き、簡単に相当因果関係説自体を導きます。そして、因果経過が相当かどうかを判断するわけですが、まず「因果経過の相当性」が問題となっている局 面であることを明示します。そしてその特殊性について軽く言及したあと、「被告人の行為の危険性がそのまま現実化した場合である」のかどうかがメルクマー ルなのだということを一番大きな基準として提示し、その検討の中で「介在行為が当初の被告人の行為が持つ危険性の範囲内のもの」といえるかを認定して、評 価し、実行行為の危険性が結果に現実化したかを判断すればよいのだと思われます。

 

もちろんより良い他の構成はいくらでもあるでしょうし、井田教授の見解を展開してもよいでしょう。

 

大切なのは、現在の学説の共通の理解と、判例のニュアンスを構成上に表現することだと私は思います。