住居侵入罪総論(下)

住居侵入罪総論(下)

 

前回は、住居侵入罪の保護法益について詳細に論じました。今回は、保護法益と密接に関わりあいのある「侵入」という文言解釈について説明したいと思います。学説、判例を見た後、おススメの立場についてご紹介させて頂きます。

 

③ 「侵入」に関する学説の立場

 

(1)   (客観的)平穏侵害説

 

保護法益を「事実上の住居等の平穏」と理解する平穏説の立場からは、「侵入」とは、住居等の平穏を害するような態様での立ち入りをいう、と理解するのが最も素直です。このように「侵入」を理解する立場を平穏侵害説と言います。

 

(2)   意思侵害説

 

保護法益を住居権(=立入許諾権を中心とする管理支配権)と捉える新住居権説の立場からは、論理必然的に「侵入」とは、住居権者・管理権者の(推定的)意思に反する立ち入りと捉える事になります。この見解は意思侵害説と呼ばれています。

 

(個人的法益を徹底することを避けた)平穏説の立場からも、「侵入」の具体的判断については、個人的法益に対する罪である事を意識せざるをえないという考慮から、意思侵害説(主観的平穏侵害説)に立つ理解も有力です。大塚(仁)教授は、平穏説の立場から、住居等の平穏とは居住者等の自由な意思によって支配されている状態をいい、侵入とは居住者等の(推定的)意思に反する立ち入りをいうと説明されています(『刑法概説各論』p.116)。

 

このように、新住居権説からも平穏説からも一定の支持を集めているため、意思侵害説は通説となっています。

 

(3)   相対化説

 

これに対して、前回強調させて頂いたように、「住居」と公共「建造物」は同一に論ずる訳にはいかないという視点をここでも強調する理解が有力です。

 

まずは、保護法益について多元的に考える多元説の立場から、「住居」については(新住居権説を前提に)意思侵害説、「建造物」については(平穏説を前提に)平穏侵害説を採るという立場があります。

 

これのみならず、保護法益について平穏説を採る立場から、私的な「住居」の場合は居住者の意思が絶対的基準となる主観的平穏侵害説(意思侵害説)が妥当だが、公共の「建造物」の場合は、客観的平穏侵害説が妥当だとする立場(前野育三「客体が公の建造物である場合における住居侵入罪・不退去罪の特殊性について」静岡大学法経研究171号)や、

 

新住居権説の立場から、住居権の自由権的側面・支配権的側面の効力が保護領域の性質によって異なることを理由として、私的な「住居」の場合は、居住者の意思が絶対的基準となる純粋意思侵害説が妥当だが、公共の「建造物」の場合は、管理者の意思は相対的であり、恣意的な意思は保護されないし、その意思表示も客観化されている必要があるとする客観的意思侵害説が妥当であるという立場(伊東研祐『現代社会と刑法各論』p.131)が主張されています。

 

④ 「侵入」に関する判例の立場

 

最判昭和5848(本判決の事実の詳細や下級審判決等に関する記事はコチラ)は、「『侵入し』とは、他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきであるから、管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であっても、該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立ち入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上、同条の罪の成立を免れない」と判示しています。

 

判例は、「管理権者の意思」がポイントである事を明言していますので、判例が意思侵害説に立っていると理解するのが一番素直ですね。

 

もっとも、本判例で問題となったのは、郵便局という公共の「建造物」であり、判例は単なる管理権者の意思ではなく、「合理的に判断される」「管理権者の意思」を問題としており、その判断資料として「建造物の性質、使用目的、管理状況」等を含めています。そうすると、相対化説に立っていると理解することも不可能ではありません。

 

なお、塩見教授が『刑法百選判例Ⅱ各論(第6版)』p.35のラストにおいて、本判例について、「許諾の自由のみを重視する「かたい」住居権説との間に距離を示していることにも意義が認められる」とおっしゃっているのは、自由権的側面のみならず、(意思が明示されていない場合に)それを補完するものとして支配権的側面を考慮していることが判例の判断から見て取れるだろう、という風に言い換えることができると思われます。

 

⑤ 「侵入」に関するおススメの立場

 

以上のように、「侵入」該当性に関しても、私的な「住居」と公共「建造物」のプライバシー保護要請に差があるという事実は見過ごせないものですが、同じ構成要件である「侵入」という文言を客体によって異なる意味に読む相対化説は、答案上はおススメしません。

 

川端教授が『刑法理論の現代的展開各論』p.113において指摘されておられるように、「プライバシーの保護という観点からは、住居と公共の建物との間にかなりの違いがみとめられる」のですが、それは、「侵入の違法性の問題として対処するのが妥当」なのです。

 

「侵入」については、意思侵害説に立って分析し、もし「住居」と「建造物」のプライバシーレベルの差について言及する必要性があれば、違法性の問題として言及すればよいのだと思います。