住居侵入罪各論

住居侵入罪各論

 

住居侵入罪についての前回までの総論的な説明(=保護法益、「侵入」の意義)を前提として、典型的な問題として取り扱われてきた各論的な問題(=複数の者が同一の住居に居住している場合の処理、違法目的での立入りの処理、住居者・管理者が現在しない場合の処理)について見ていきます。

 

なお、平穏説についても適宜言及はしますが、保護法益について新住居権説、「侵入」について意思侵害説を採用するという、一番判例の立場に親和的な理解に立って説明していきます。

 

     居住者が複数の場合の処理

 

case.1 Aは、夫の不在中に姦通目的で妻の承諾の下、住居内に立ち入った。

 

意思侵害説からは、3つに処理が分かれます。

 

(1)   一人承諾説

 

まず、妻の承諾があることに着目して、住居侵入罪の成立を否定する見解があります。これは、プライバシーは、居住者全員が共有する利益であり、共に住んでいる以上、互いに制限しあっている状態であると捉えます。そして、居住者のうちの一人が立ち入りを容認したのであれば、残りの居住者のプライバシーの利益は喪失する、と解するのです。

 

(2)現在者承諾説

 

住居権には自由権的性格と支配権的性格があるところ、その支配権的性格からすれば、事実上適法に住居を支配管理している者の承諾があればよく、不在者の立入許諾権は、現在者との関係で、要保護性が一歩後退することになります。このように理解する見解からは、case.1では、不在者の夫よりも、現在者の妻の立入許諾権が優先されることとなるため、住居侵入罪の成立は否定される事になります。

 

(3)全員承諾説

 

住居権を絶対的なものと捉えると、立入りには全員の(完全な)承諾が不可欠であることになります。こう理解すると、case.1においては、居住者である夫の承諾が得られておらず、推定的承諾(後述)も得られるはずがない訳ですから、侵入は正当化されず、住居侵入罪が成立することになります。

 

他方、平穏侵害説からは、妻の承諾や夫の(推定的)承諾の不存在といった事情は、平穏の侵害の有無の判断資料にすぎず、客観的な態様が平穏である以上、住居侵入罪は否定されることになります。

 

 

case.2 Aが夫の就寝中に姦通目的で妻の承諾の下、住居内に立ち入った。

 

では、ケースを少し変えて、居住者が両方現在する場合はどうなるでしょうか。

 

平穏侵害説からは、この場合もAの客観的な侵入態様が平穏である以上、住居侵入罪を否定することになるでしょう。

意思侵害説の中でも一人承諾説からは、住居侵入罪否定、現在者承諾説からは、住居侵入罪肯定、全員承諾説からは、住居侵入罪肯定となることを確認してください。

 

なお、意思侵害説において、いかなる説に立つ場合であっても、住居をさらに分解して理解するという手法は有用です。

例えば、case.2について、Aは、勝手口から台所を通って、1F廊下に出て、階段を上り、2F廊下を通って、夫の書斎を経て、妻の寝室に入ったとします。「勝手口」、「台所」、「1F廊下」、「階段」、「2F廊下」はいずれも共用部分(非個室部分)です。ですので、プライバシーの利益を持つものが複数いるため、上記議論が妥当します。他方、「妻の寝室」、「夫の書斎」という個室部分については、個人のプライバシー保護のみが問題となる空間と考えることも可能です。ですので、いかなる説に立っても、「夫の書斎」という領域を通った以上、夫の住居権を侵害したと見る余地はある訳です。

 

 

     違法目的での立入りの処理

 

case.3 Xは、凶器を携え、強盗の意図を隠して「こんばんは」と挨拶し、居住者Aが「おはいり」と答えたのに応じて住居に入った。

 

これは、居住者はXの立入について承諾していますが、強盗目的については知らなかった訳です。これはつまり、立入り承諾の動機部分について錯誤がある訳ですが、この錯誤は住居侵入罪の成否に影響を与えるのか、という問題である訳です。

 

(1)   判例・多数説の立場

 

判例は、case.3と同様の事案について、「外見上家人の承諾があったように見えても、真実においてはその承諾を欠くものであることは言うまでもない」として、住居侵入罪の成立を肯定しています(最判昭和23520)。このように、判例(及び多数説)は、住居者等の承諾が真意に出たものである事を要するとし、錯誤による承諾は無効であると理解しています。この立場に立つと、違法な目的を侵入者が有している限り、住居者等の承諾は錯誤によるものとなり、承諾は無効となるため、住居侵入罪成立が肯定される傾向にある事を理解する必要があります。(この傾向を、処罰範囲が広がって不当と評価するかどうかは別問題です)

 

(2)   有力説の立場

 

有力説は、(新住居権説の立場から、)住居権の中心は、立入許諾権であり、立入りの承諾があった以上、行為者の意思・目的は住居権の侵害とは無関係であり、行為者の目的について錯誤があっても、立入り自体を承諾していれば、その承諾は有効である、と考えています。また、(平穏説の立場から、)実行行為性に主観面を重視する事は妥当ではなく、いかなる目的であっても、それが顕在化して平穏を害さない限りは、住居侵入罪を構成しない、としています。いずれも、行為者の隠れた目的を考慮対象とはしない、という点において共通しています。

 

私としましては、平穏説に立脚するのであれば、有力説の立場に立った方が、理論的にすっきりすると思いますが、新住居権説に立つのであれば、判例の立場に立っておいて別にかまわないと思います。

 

 

     住居者・管理者が現在しない場合の処理

 

case.4  Aは、夫の不在中に世間話目的で妻の承諾の下、住居内に立ち入った。

 

case.4は、case.1では姦通目的だったAの目的が、世間話に代わっています。このような場合、いかなる立場からも、Aに住居侵入罪の成立を肯定することはありません。それは、住居者等が立入りの場に現在したと仮定した場合に、立入りに同意したであろうと推測される場合である「推定的承諾」が認められるからです。

 

case.5 A百貨店は、1日に1万人が来店するが、管理者は11人チェックしている訳ではない。

 

case.5のような場合には、A百貨店の管理者は、「推定的承諾」をしているというよりは、建造物の性質上、あらかじめ予定されている目的での立入りについて、包括的に承諾を与えるという性質を持つので、「包括的承諾」をしていると表現されています。

 

(1)   判例の立場

 

この「推定的承諾」、「包括的承諾」について、判例は、上述の②「違法目的での立入り」とパラレルに考えて、「推定的承諾」の有無の判断は、住居者等が行為者の目的を知っていたら同意を与えなかったであろうとの基準を用いており、「包括的承諾」の有無の判断基準についても、立入りの目的を考慮に入れ、立入りの目的が違法なものであれば、包括的承諾の範囲外となるという基準を用いています(『刑法基本講座第6巻各論の諸問題』(井上大)p.154参照)。

 

(2)   通説の立場

 

他方、通説は、「包括的承諾」は、一定の目的による立入りについて、包括的に承諾を与えるものであるため、立入り目的の違法性がメルクマールとなるのは承認できるが、「推定的承諾」においては、目的の適法・違法は、その場に住居者等が居たとしても、認識できなかったであろうから、考慮対象とすべきではない、として判例の立場に反対しています。

 

判例の論理は、②③についてある意味で一貫しており、違法な目的があれば、住居者等が現在して承諾を与えた場合であれ、不在であった場合であれ、承諾の存在を認めることはできない、とするものですので、処理が明快です。ですので、判例の立場に立つことをおススメします。