自白の信用性

自白の信用性について

 

今回は、自白の信用性判断に関する内容です。

今回の記事は、刑事訴訟法判例百選p.174~p.175の山室先生の解説と、石井一正先生の刑事事実認定入門p.66以下に負うところが大きいです。

そして、具体的にイメージするために、百選で取り上げられている草加事件民事上告審判決(最判平12・2・7) の事案を中心に扱います。しかし、この事案は強姦、殺人事件でして、その内容に少し立ち入っての分析をすることになりますので、読み進めるうちに不快に感 じたなら、そっとこのページを閉じることをお勧めします。また、山室先生も指摘されていることですが、この判決のような少しエグい判断過程を冷静に裁判員が通れるかどうか疑問があるところですね。

 

①     基本的視点

 

自白の信用性とは、得られた自白が虚偽ではなく真実になされたものだとどのくらい信用してよいのかということです。信用性が高ければ、その自白という供述証拠から事実を推認する(狭義の)証明力は強くなりますし、反面信用性が低いのならば、証明力は弱くなります。

 

この、どのくらい信用できるかの判断方法が今回のテーマです。

 

石井一正先生は、基本的視点として、「捜査段階の自白は、被告人が黙秘権の告知を受けた上、任意に自己に不利益な事実を述べたもので、自白調書の記載についても、間違いない旨確認しているのであるから(法198条2項ないし4項、319条1項、322条1項)、 一般的には証明力に欠けるところはないと考えられる。ことに重大犯罪に関しては、人は軽々に虚偽の自白をするはずがなく、他に特別の事情がなければ真実の自白と認めるのが妥当である」(前掲p.66)というものを提示されておられます。自白の信用性判断は後述するように綿密に行うにせよ、そのスタート地点 は、自白は一定の手続きを経て得られたものなのであるから、少し信用性肯定に傾いた地点だというのが道理ではないかということだと思われます。

 

②     証明力判断の着眼点

 

石井一正先生は、7つの証明力判断に関する代表的な判例を詳細に分析されたうえで、㈠自白と経験法則・論理法則の関係、㈡自白と客観的事実との整合性、㈢自白の時期、一貫性、㈣自白の迫真性、秘密の暴露、㈤自白の動機、原因および取り調べ状況という着眼点を提示されています。

ごく簡潔に説明すると、㈠は自白が常識的に考えて変なこと言ってないかということです。㈡は、自白が物証と矛盾しないかということです。㈢は、自白の内容がコロコロ変わってないかということで、㈣は自白に具体的な内容、特に犯人しか知らないような内容はあるか、㈤は捜査官に言わされたのではなく、自 発的に言ったのかどうか、ということです。

もちろん、事案によっては、これ以外の判断材料がありますし、他の考え方はいくらでもあるのでしょうが、一つの物差しとして持っておくのは事例を分析する際にとても大事だと思います。特に、㈡と、㈣の中の秘密の暴露の有無はとても大事な要素となるようです。

 

③     草加事件判決(最判平12・2・7

 

では、これらの判断基準を具体的にイメージするために事例にあたってみることにします。

 

本事件は、埼玉県草加市内の残土置き場に放置されている女子中学生Vの絞殺死体が発見されたことに端を発し、捜査の過程で、非行歴があり、Vと面識 のあると思われるA、B、C、D、E、Fの6人の少年に疑いが生じ、各々強制わいせつや強姦等で逮捕され、全員犯行を自白したという事件です。

 

判例はまず、信用性判断の方法について、「信用性の判断は、自白を裏付ける客観的証拠があるかどうか、自白と客観的証拠との間に整合性があるかどうかを精査し、さらには、自白がどのような経過でなされたか、その過程に捜査官による誤導の介在やその他虚偽供述が混入する事情がないかどうか、自白の内容自体に不自然、不合理とすべき点はないかどうかなどを吟味し、これらを総合考慮して行うべき」としています。この基準には、上記着眼点の㈠~㈤のすべてが入っているといえそうです。

 

その上で判例は、本事案について、「少年らの自白にはいわゆる秘密の暴露があるわけではなく、自白を裏付ける客観的証拠もほとんど見られず、かえっ て自白が真実を述べたものであればあってしかるべきと思われる証拠が発見されていない上、一部とはいえ捜査官の誤導による可能性の高い明らかな虚偽の部分が含まれ、しかも犯行事実の中核的な部分について変遷がみられるという幾多の問題点がある」として、着眼点の㈡㈢㈣に触れて、信用性を否定しました。

 

詳しく見ていきます。

 

Ⅰ 「秘密の暴露」(着眼点でいうと㈣)

秘密の暴露にいう「秘密」とは、自白内容の一部が当時捜査官において探知していなかった事実でその後の捜査により客観的真実であることが確認された事実を いいます。本件で、秘密の暴露か否かが争われたうちの一つが、Cによる「犯罪の際に使用したコンドームを他から窃取した」という自白でした。

この点について判例は、窃盗の秘密の暴露とはなりえても、使用済みのコンドームが発見されていない以上、強姦事件との関係では秘密の暴露となりえないと評価しました。 コンドームを○○で盗んできたというのは、強姦の犯人しか知りえないこととまではいえないというわけです。このように秘密の暴露の有無は、それだけで信用性の有無についての雌雄を決しかねない重みを持つがゆえに、慎重に判断しなければなりません。もっとも、秘密の暴露があれば、信用性は跳ね上がるのですが、秘密の暴露が無かったということが信用性を下げるとまではいえないと思います。

 

Ⅱ 「自白と客観的事実との整合性」(着眼点でいうと㈡)

 

本件で、B及びCは「Vの乳房をなめた」旨の自白をしました。しかしながら、Vの両乳房から採取された付着物の血液型がAB型と判定されたのに対 し、少年ら6人の中にAB型は一人もいませんでした。

また、Bは「コンドームを使用せずに肛門及び口腔に陰茎を挿入して射精した」と自白しましたが、Vの体内(膣、直腸、気道、胃)に精液は存在しませんでした。

そして、A及びCは、「陰茎を挿入した」旨の自白をしましたが、Vの処女膜、外陰部、下腹部及び 大腿内側に外傷は認められませんでした。

このように、客観的事実(動かしがたい事実)を確定させたうえで、それと自白が符合するか考えるという思考法は事案を分析する上で大変有用ですし、本件のように符合しなければ、合理的理由がない限り、自白の信用性はとても低くなります。

 

Ⅲ 「自白の一貫性」(着眼点でいうと㈢)

 

本件では、少年らの自白は、事件の関与者、殺害場所や強姦場所といった重要な点で、たびたび変遷しており、しかもほぼ同一の時期に変遷していまし た。別々に取り調べられており、情報交換が不可能なはずの被疑者らが、ほぼ同一の時期に変遷しているというのは、捜査官の自白への関与を強く疑わせる事情ですね。そして、この自白の内容は事件の中核的部分に関するものであり、ちょっとした記憶違いでは済まないレベルですので、この中核部分に関する自白がコ ロコロ変わったという点も、本件で自白の信用性が低くなった要素です。

 

 

以上のような自白の信用性の有無についての物差しを持っておくと、事案を分析する際に手がかりとなると思います。