呼気検査について
今回は、呼気検査についてやはり判例を中心に見ていきます。
① 呼気検査とは
呼気検査は、ここにふ~っとして!というアレです。ゴム風船に呼気約1ミリリットルを吹き込ませて、検知管の一端をゴム風船の口に差し込み、他の一端を呼気採取器に取り付け、呼気を検知管に通過させ、検知管の着色でアルコール濃度を判断するというものです。
② 呼気検査の必要性
呼気検査は、体内保有アルコールを検査することに用いることができ、特に、酒気帯び運転罪においては構成要件たる体内保有アルコール量が呼気濃度でも規定されていることから、酒気帯び運転等の立証のために用いられています。また、呼気検査は、血液検査よりも身体侵襲がないぶん安全ですし、短時間で結果が得られるため、簡易です。
③ 任意捜査としての呼気検査の可否
まず、任意捜査として呼気検査が許されるのか問題となります。
これはつまり、採血の場合は、体内の血液についての被疑者の利益処分を観念すべきでないとの考え方から、被疑者が同意したとしても、任意捜査として 採血は行ってはならず、令状を取った上で強制的になさればならない、という学説が存在しましたが、呼気検査の場合も同様に考える余地があるのだろうか、と いう問題です。そして、呼気検査の場合は任意捜査も許されると解されています。なぜなら、採血とは異なって身体に対する直接的な侵襲はなく苦痛も伴わず、生理的機能を害するおそれもありませんし、そもそもそれを排出するものによる所有や占有を観念しがたいためです。
そして、被疑者の同意は必ずしも不可欠の要素ではありません。福岡高裁は、昭和56・12・16の、 被告人が飲酒運転の上交通事故を起こし、事故で意識不明の状態にあったという状況において、警察官が病院で寝ている被告人が自然に吐き出している呼気を集めたうえで検知鑑定を行ったという事案で、「特に被告人がこれを拒否したり、あるいは強制力を用いたりしたわけではないと認められるから、令状によらなくても違法であるとまではいえない」として、かかる警察官の行為を肯定しました。
もっとも、任意捜査にも限界がありましたよね。さらに、呼気採取は身体検査と性質が類似していまして、権利制約の面がないわけではありません。ですので、被疑者の同意がないような場合には、手段の相当性はもとより、採証上より確かな血液検査のための令状を得る時間的余裕がないなど、早急に呼気検査を行う必要性や緊急性の要件は厳格に解されるべきだといわれています。(福井地裁判決昭和56・6・10など参照)
④ 呼気の間接強制の合憲性
道路交通法は、道路交通危険防止目的で、呼気検査権限を警察に与え(67条2項)、検査を求められた者が検査を拒むと、検査拒否罪として罰金30万円以下に処せられるものとなっています(119条の2)。そして、呼気検査はこのように道路交通危険防止目的ですので行政手続ですが、一定以上のアルコール濃度が検出されれば、ほぼ確実に酒気帯び運転罪の立件に向けた捜査に移行し、検知結果は刑事事件の証拠となることとなります。そこで、酒気帯び運転罪の捜査の端緒となりうる呼気検査を検査拒否罪という罰則で間接強制することが、憲法38条1項の自己負罪拒否特権に反しないかが問題となるのです。
判例(最判平9・1・30)は、結論として反しない!という訳ですが、この判例の立場をより深く理解するために、反する!というためにはどのような理由づけをなす必要があるのか指摘してから、反しない!とする判例の文言を見ていこうと思います。
㈠ まず、反する!というための第一段階の理由づけは、川崎民商事件判決(最判昭47・11・22) で示された、(行政手続であっても)「実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続」(であれば、刑事手続を主に ターゲットとした憲法38条1項の射程に入ってくる)という基準に呼気検査が該当するというものです。もし、こういえないのであれば、憲法38条1項の射程にそもそも入っていないのですから、次の論点に入るまでもなくアウトです。
㈡ 第二段階の理由づけは、憲法38条1項は、単なる「供述」に関係する場合だけでなく、「供述」という文言にかかわらず、「自己に不利益な内容を持つ物の提供」や「犯罪発覚の端緒となる情報の提供」にまで広げて解するべきという理由づけです。これでようやく呼気検査拒否の間接強制が、38条1項の要件にひっかかってきましたので、反する!と主張できます。
では、判例はどういっているでしょうか。判例は、「憲法38条1項は、刑事上責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきところ、右検査は、酒気を帯びて車両等を運転することの防止を目的として運転者らから呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するものであって、その供述を得ようとするものではないから、右検査を拒んだものを処罰する右道路交通法の規定は、憲法38条1項に違反するものではない。」 といっています。㈡の点についてのみ答えていますが、上述のように理屈が段階構造になっていますので、㈠の点はクリアした(刑事手続きでないから憲法38 条1項は適用されないとはいっていない)と考えてよさそうです。そして、㈡の点について、「供述」に関係する場合に限って、射程を広く解することは認めま せんでした。
ここは論証においてもしっかり説明する必要があろうかと思います。つまり、呼気採取は「供述」にあたり、38条1項に反するか?と問題提起して、いや、「供述」ではないため38条1項に反しないといっているのでは、結論として正しくてもここの論点を全く理解していないと思われかねません。判例は「供述」の射程拡張を否定したのです。
この論点はこれで終わりでして、これは少し余談ですが、㈡において「供述」の文言の射程が、「供述」に関係する場合と表現していますが、関係する場合とは一体なにでしょうか。中野目先生は、アメリカの裁判例を参考に、どうやら文書提出命令の場合を除いては、「供述に関係する場合」を「供述・証言とし ての性質を持つ」場合と「意思伝達的」な証拠の場合と定義されているようです。(刑事訴訟法判例百選p.71)
このように、「供述」の射程をこう定義してしまって、演繹的に結論を出すのも勇気があればやってみてもいいのかもしれません。