ポリグラフ検査

ポリグラフ検査の証拠能力

 

今回は、ポリグラフ検査(いわゆる嘘発見器)に焦点をあててみます。嘘発見器を信用していいのか!と抽象的に論じたところで、建設的な話にはなりませんので、ポリグラフ検査を具体的に紹介したうえで、その証拠能力について考えてみたいと思います。以下のポリグラフ検査の具体的な手法についての記述は、山村武彦さん(元兵庫県警察本部刑事部科学捜査研究所主幹)の「ポリグラフ鑑定の実務的評価」(判例タイムズNo.887p.31~)という論文に依拠しています。

 

①     ポリグラフ検査とは

 

ポリグラフ検査とは、被疑者の事件との関連性を客観的に判断するための捜査手法で、心理状態の内容に応じて生理的な変化が生じるとの事実を利用し て、ある一定の条件下で生理変化を連続記録し、その間に種々の質問を発し、生じた生理変化の記録から心理状態を判断して事件への介入の有無等を明らかにし ようとするものです。このポリグラフ検査は、精神生理学にその学問的基礎があります。

 

嘘をついている場合に、何かしらの形で生理反応として表出する場合があるという事実は、皆さんも経験則からわかると思います。では、それは何故なのでしょうか。「発覚の恐怖説」、「良心の葛藤説」など精神生理学上も諸説あるらしいですが、最も支持されている理論が、「覚醒説」らしいです。

 

「覚醒説」とは、ある刺激に対する生理変化の程度は、その刺激の質的内容に左右され、その質的差異を決定する変数は自我関与度であるとするものです。例えば、名前を刺激として用いた場合、自分の名前と他人の名前とを比較すると、自分の名前の方が自我関与度が高く、より強い定位反応(刺激の質や内容を見極めようとして生じる反応)が生じ、特有な生理変化が誘発されるという具合です。

 

現在のポリグラフ検査は、この覚醒説を理論的基礎におき、より細やかな法則が適用されて運用されています。ですから、ポリグラフ検査とは基本的に自己が関与しているにも関わらず、関与していないと言っている場合の嘘を見破るものなのですね。どんな嘘でも見破るものでは決してありません。

 

②     ポリグラフ検査の構造

 

ポリグラフ検査には二種類あります。徴候課題に対応するための対照質問法と、認識課題に対応するための裁決質問法(緊張最高点質問法)です。

徴候課題とは、犯人なのか違うのか大雑把に判断する場合です。被験者の供述全般に関する真偽の「徴候」を判断し、犯罪と無関係か、そうとも言えなさそうなのかを判断します。

認識課題とは、犯人しか知らないような犯罪に関する詳細内容の「認識」の有無を判別する場合です。

徴候課題が鳥の目のように大雑把に判断するものであるのに対して、認識課題は虫の目のように細部に着目するものなのです。

 

そして、対照質問法というのは、例えば息子殺しの疑惑がかかっている被験者に対して、「息子さんを殺したのは奥さんですか」(対照質問)と「息子さ んを殺したのはあなたですか」(関係質問)をセットで聞く手法です。これは、関係質問に対する生理的変化が本来一番知りたいのですが、この生理的変化は、 他の質問に対する生理的変化との比較によってはじめて意味をもってくるのです。(他の質問よりずっと反応している、おまえさては犯人だな!…とか。)です ので、対照質問をセットで聞く必要があるわけです。そして、その対照質問は、検査結果に他の要因が入り込むのを防ぐため、無関係な者が関係質問で受ける心理的負担と同等の負担を受け、かつ、事案との状況的関連性がある内容の質問でなくてはなりません。

肝心の判定法ですが、関係質問で示された反応が、対照質問で示された反応より変化が大きい場合に虚偽徴候があると判定し、同等もしくは逆である場合は虚偽徴候なしと判定します。

 

裁決質問法というのは、例えば100万円の横領事件があったとして、横領額がまだ捜査関係者と被害者と犯人以外知らない状況とします。そこで、「横領額は・・・」「10万円くらいですか?」「50万円くらいですか?」「100万円くらいですか?」「500万円くらいですか?」と質問し、すべて「いいえ」と答えさせたうえで、各々の質問に対してどのような生理反応が出たかチェックするという手法です。もちろん100万円に一番反応していたら怪しい訳で す。

 

③     ポリグラフ検査の証拠能力

 

では、ポリグラフ検査の概要を説明し終えたところで、ポリグラフ検査に証拠能力が認められるのか、という本題に入りたいと思います。

 

一 科学的証拠の証拠能力概論

 

まず、ポリグラフ検査も含めた科学的証拠(ex. DNA鑑定、臭気選別など)については、その証拠能力を認めるためには、自然的関連性が認められれば良いという見解が学説の多数ですよね(科学的証拠を警戒して、特定の分野における一般的承認を要求するフライ・ルールまで厳しい基準は採用しない、ということ)。

そして、科学的証拠は、基となる科学原理が高度で、事実認定する裁判官が評価することは困難であること、科学の名による過信を防止する必要があることから、自然的関連性(=要証事実に対しての必要最小限度の証明力)が認められるためには、㈠基礎にする科学的原理が確かなものであること、㈡用いられた技術がこの原理にかなったものであること、㈢技術に用いられた器械が正しく作動していたこと、㈣検査に関して正しい手続きがとられたこと、㈤検査者が必要な資格を備えていたことが必要と解されています。

 

二 ポリグラフ検査の自然的関連性

 

ポリグラフ検査の自然的関連性については、判例(最決昭43・2・8)は、「その作成された時の情況等を考慮したうえ、相当と認めて、証拠能力を肯定」しています。具体的な理由は判例の文言からは明らかではありませんが、最終的に証拠能力を肯定している以上、上記要件の㈠㈡がクリアされていることは当然の前提と考えてよいでしょう。精神生理学という確かな科学的原理に基づいた技術であることは明らかなのです。

事案を分析する際には、㈠㈡に軽く触れたあと、㈢㈣㈤について本格的に分析していくことになります。例えば、上記判例の事案は、上告趣意によれば、被検査者は当時つわりがひどく、臥せたままで、検査室に担ぎ込まれ、検査中も吐き気に襲われるという最悪の状態であったと主張されています。もしこの主張を前提とするのであれば、当然被検査者の状態が検査に全く適する状態ではなかったわけですから、㈣の要件を欠くこととなり、自然的関連性は否定しなければなりませ ん。

 

また、次の指摘には傾聴しなければなりません。浅田先生は、「科学捜査と刑事鑑定」のp.97において、裁決質問法(緊張最高点質問法)については、その性質上、被験者において犯行以外から当の犯罪事実を知った可能性がないことが大前提となりますが、取り調べの過程や新聞記事で知っている可能性を完全に排除するのは容易ではなく、現にアメリカではこの方法は一般に利用されていない、という指摘です。理論的には使える方法であっても、裁判実務上使用に耐えうる方法かどうかはまた別なのですね。

 

三 強制は可能か

 

では、自然的関連性が認められる場合があるとして、不同意者に鑑定処分許可状の発付を得て強制的に実施することは可能なのでしょうか。

 

この点については、ポリグラフ検査は、生理的変化を記録するものであり、供述そのものではありませんが、生理的変化も発問との関係で証拠的意味を持つことは上述のとおりでありまして、発問に対応する変化を内心の表出として解釈するのですから、(以前記事を書いた呼気検査の場合とは異なり、)供述証拠と評価すべきであり、それを強制することは黙秘権侵害として許されない、と考えるのが学説の多数です。したがって、このように考えればよいと思われます。被験者の真摯な同意がある場合に限り、黙秘権放棄があるものと解されますので、許容されるわけです。

 

④     ポリグラフ検査の(狭義の)証明力

 

やや蛇足気味ですが、ポリグラフ検査の(狭義の)証明力について軽く触れておきます。狭義の証明力とは、その証拠からどのような事実が認定できるかをいいます。この点については、自由心証主義から裁判官の心証に任せるべきという見解と、自白の信用性を高めたり、否認供述の信用性を低めるものに過ぎな いと限定的に解する見解に分かれているようです。後者に立てば、より科学的証拠に慎重な姿勢をアピールできると思います。