不法原因給付と詐欺・恐喝罪

不法原因給付と詐欺・恐喝罪

 

今回は、不法原因給付シリーズ第2弾として、詐欺・恐喝罪との関係を考えてみます。

 

①     問題点の理解

Ex. AがBにCの殺害を依頼し、BはC殺害を実行する気が最初からないのに、やると嘘をついて前払い金代わりの高級腕時計を受け取った。

 

前回の事例から少し変化させてみました。ここでは、BがAに腕時計を交付させた行為が問題となっているので、横領罪ではなく、詐欺罪が問題となっています。

 

詐欺罪の構成要件該当性を考えてみましょう。Bは、Aに対して財物取得を目的として嘘をついており、「人を欺いて」います。また、腕時計は「財物」ですし、その財物をAはBに「交付」しています。もっとも、詐欺罪の構成要件はこれだけではありませんよね。

 

大判昭和3・12・21は、詐欺罪が財産犯である以上、その成立のためには、なんらかの財産的損害の発生が必要である旨判示しています。

 

Cf. この財産的損害の発生という要件は、詐欺罪の既遂時期を決するだけでなく、そもそも欺罔行為があったといえるかを決する要件でもあります。 つまり、財産的損害を発生させるような行為でないのならば、それはそもそも欺罔行為ではなく、詐欺未遂罪すら成立しないのです。財産的損害を発生させる行 為といえる場合は、その行為時点で未遂罪となり、実際に財産的損害が発生した時点で既遂罪となるのです。

 

では、この場合、財産的損害はあるのでしょうか。通説によれば、財産的損害とは、財物の交付自体(1項詐欺)、財産上の利益の交付自体(2項詐欺) をいいます。設例では、腕時計をAは交付したわけですが、果たして刑法上保護に値する財物の交付といえるか検討する必要があります。

(腕時計を交付しているのだから、それだけで財産的損害はあるという余地はないではないですが、それでは「交付」要件と別に財産的損害を要件とした意味が全くないですし、おそらくそのような処理は通説も意図していません。)

 

そこで、検討すると、「不法原因給付と横領罪」で詳しく述べましたように、AはBに対して民法708条により返還請求できなくなりましたよね。ひいては、所有権を喪失するわけですが、それでもなお刑法上保護に値する財物の交付といってよいのか、この点が今回の「不法原因給付と詐欺・恐喝罪」の問題意識です。

 

Cf. なお246条の詐欺罪と249条の恐喝罪の構成要件を見比べていただければ一目瞭然ですが、財物の取得手段に違いがあるだけで、両罪は共通点が多いです。この論点に関しても、詐欺罪で論じたことが、そっくりそのまま恐喝罪についてもあてはまります。

 

②     刑法学説の概観

 

この問題に対する学説は、三つに分類できます。

なぜ、三つなのか説明しますね。ちょっと難易度高めです。

 

まず、この問題状況を端的に言い表すとこうなります。「刑法246条と民法708条が適用可能な場合、詐欺罪は成立するか否か」。ここで肯否2通りに分かれましたね。次に、「その結論は民法708条の趣旨と整合するか否か」でさらに2通りに分かれます。

では、学説は全部で2×2=4通りでしょうか。違います。刑法246条が適用可能な場合に、詐欺罪を否定した場合、つまり最初の分岐点で「詐欺罪は成立しない」といった場合、不成立の理由は民法708条の適用に求める他ありません。わかりますよね。刑法246条が適用できる!と言っているにも関わら ず、詐欺罪を否定するには、他の唯一の要因、つまり民法708条の適用に理由を求めるしかないのです。ですから、詐欺罪否定の結論は民法708条の趣旨に よるものですから、必然的に「708条の趣旨と整合する」のです。

 

以上から、「詐欺罪成立—708条と整合する」「詐欺罪成立—708条と整合しない」「詐欺罪否定—708条と整合する」の三つのバリエーションしかありえないのです。すべての学説をこの三つに分類できます。

 

(この分類は、詐欺罪を否定する場合は708条と整合し、詐欺罪を肯定する場合は、708条と整合しないと考えるのが通常ですが、詐欺罪を肯定したうえで、708条と整合するとも考えうるのだという通説の立場をクローズアップするための分類といえそうです。)

 

 

③     「詐欺罪成立—708条と整合しない」説

 

これは、民法708条は返還請求権を否定しているけど、それとの整合性は無視しても詐欺罪成立させるのだという考え方です。「不法原因給付と横領罪」でも出てきた前田教授の刑法の独自性を強調する考え方ですね。

この説に立つのもアリでしょうけど、法秩序の統一性へのフォローは大変そうです。

 

④     「詐欺罪否定—708条と整合する」説

 

滝川教授がほぼ唯一の主張者です。民法上返還請求権が否定される以上、刑法上の財産交付に対しての保護も不要であり、財産的損害は観念できないとい う訳です。判例(最判昭和25・7・4)は、理由は不明ながら詐欺罪成立を肯定しているため、あえてこの説をとる必要はないでしょう。

 

⑤     「詐欺罪成立—708条と整合する」説

 

通説です。

この説は論証等では、被害者は欺かれなければ財物を交付しなかったはずである以上、財産的損害を肯定できる、とだけ説明されることが多いですが、それでは何の説明にもなっていないので、より詳細に説明してみたいと思います。

 

1項詐欺において、不法原因給付は時系列的にどの段階で問題となるか、がポイントです。

1項詐欺は、欺罔行為→財物交付という流れですよね。では、708条の効果はどの時点から生じるでしょうか。民法上争いはありますが、708条は「給付をした」ことを前提としていますので、少なくとも欺罔行為の時点では、708条はおよそ効果が生じえませんよね。

他方、詐欺(未遂)罪はどの時点で成立するでしょうか。実行の着手時ですから、欺罔行為時ですね。

 

ここから、刑法246条において被害者として想定すべき、「欺罔によって、これから給付をなそうとしている者」は民法によってもなお保護されている といえますよね。708条はまだ時系列的に適用されえないのですから。欺罔行為によって、被害者は自由な財産処分という財産権が侵害されたといいうるわけ です。とても明快な論理だと思います。

 

(Cf. 詐欺既遂罪の成立も、「財物」の「交付」について既に認定した以上、肯定すべきものと思われます。しかし、財産的損害の発生を既遂時期の認定にも絡む要件と考えた場合、この財産的損害の発生については給付後ですので、民法708条が適用されています。こう考えると何故既遂まで肯定できるのか 腑に落ちない点が残ってしまいますね。)

 

これが、私が一番納得できた説明です。「刑法246条と民法708条が適用可能」とはいっても、適用局面が時間的にズレているじゃないか、ということです。

 

ちなみに、「詐欺罪成立—708条と整合する」と考えるこのカテゴライズの中で、通説のほかに有力説があります。それは、708条但書に着目する西田教授の見解です。

 

西田教授は、欺いて財物を交付させる場合、欺くことによってこの者のみが不法の原因を作り出しているのであるから、民法708条但書が欺罔行為には原則として適用される結果、708条本文は適用されず、詐欺罪は原則として成立するとされます。

 

しかし、708条但書の「不法な原因」の解釈が、民法解釈と整合しておらず、説得力ある論証は難しいでしょう。例えば、私が設定した上記事例でも、 Aから殺害を依頼しているのに、なお欺罔行為があることによってBのみが悪いといえるのでしょうか。公序良俗違反として「不法」といえる原因は、A及びB の主観か、契約内容に求める他はなく、いずれにせよAが「原因」ではないとはいえないはずです。

 

だからといって、民法708条但書は無関係ではありません。いかなる説に立とうが、不法原因給付とそもそもいえるかを判断する際に、708条本文だ けでなく、但書の適否も当然検討する必要があります。但書が民法上適用されるのであれば、それは「不法原因給付と詐欺・恐喝罪」というこの論点に入ってこ ないのです。

 

それ以上の意味を708条但書に持たせようというのが、西田教授の説ですが、これは説得的に論証するのは上記理由から難しいといえそうです。

 

 

今回は、学説を網羅してみました。事案を処理するうえでは、おそらく通説を説得的に展開すればそれで足ります。判例(最判昭和25・7・4)は詐欺罪肯定ですが、理由づけは「社会秩序をみだし点においては・・・何ら異るところはない」というあまりパッとしないものなので、理由づけまで判例通りに展開する必要はないでしょう。

 

Cf. 通説からは、2項詐欺については、詐欺罪否定の結論となることを確認してください。紙幅の関係上、もう展開はできませんので。ポイントは、2項詐欺では、既に不法原因による給付がなされた後に、その対価を欺罔によって免れる行為が、実行の着手だという点です。2項詐欺の場合、欺罔行為時には、既に708条が適用されているのです。