不法原因給付と横領罪について
不法原因給付が絡む刑法上の論点は、「不法原因給付と詐欺・恐喝罪」と「不法原因給付と横領罪」に二分されます。ともに不法原因給付が問題になると はいっても、前者では不法原因による給付の場合に財産的損害が観念できるかという形で問題になるのに対し、後者では不法原因によって給付された財物は「他 人の物」にあたるのかという形で問題になるため、問題領域が異なり、同一に論じるわけにはいかないのです。
そこで、まず「不法原因給付と横領罪」について見てみます。
① 問題点の理解
何がどう問題となっているのか詳しく見てみます。
Ex. AがBにCの殺害を依頼し、前払い金代わりに高級腕時計を交付したが、Bはその高級腕時計をCの殺害を実行する気もなくなっていたのに換金してギャンブルで使い果たした。
Bに対する横領罪(252条1項)の成立を主張するには、まず構成要件該当性を主張する必要がありますよね。Bは高級腕時計を占有していたため、 「自己の占有」はあります。また、換金行為は所有者しかなしえない処分行為であり、不法領得の意思の発現が認められるため、「横領」行為もあります。で は、「他人の物」といえるでしょうか?
民法708条は不法な原因のために給付した者による給付物の返還請求権を否定しているのです。そうすると、Cの殺害がなされようがなされまいが、A は高級腕時計をもう返せ!と言えないわけです。この高級腕時計は、Aのもの(ゆえに「他人の物」)と未だに言ってよいのでしょうか。この点が不法原因給付 と横領罪という論点の問題意識です。
Cf. ちなみに、AがBに腕時計ではなく、金銭を交付していた場合は、まず民法上金銭の所有と占有は一致する、という原則とぶつかることになりま す。つまり、金銭は、その流通性を保障すべき高度の要請があるため、民法上は金銭の占有あるところに所有もあるものとして考えますよね。すると、設例でいえば、交付された金銭の占有はBにある以上、その所有もBにあるものと考えることになります。これはつまり、Aのものではない訳ですから「他人の物」では ないですよね。ですから、金銭については横領罪の成立が否定されるのではないかがまず問題になるのです。
この点につきましては、刑法の独立性から横領罪の成立を肯定するのが通説でしょう。民法上は、動的取引の安全保護から、金銭の占有と所有を一致させ ましたが、静的安全を保護すべき横領罪の成否という局面においては、民法の規範を必ずしも適用する必要はない、ということです。換言すれば、法秩序の統一性の要請よりも刑法上の法益保護に、より配慮すべき局面だということになります。これは後述する刑法の独立性を強調する前田教授の考え方に立たずとも同様 のことがいえます。刑法の独立性は、独立性があるかないかの問題ではなく、常に一定程度の独立性はあるのですが、様々な局面においてどこまで強調すべきかという問題 だと思われます。
Cf. 設例において、もしBが最初からCの殺害をする気がなく、Aから腕時計を騙し取るつもりであれば、「不法原因給付と詐欺罪」の論点の問題となります。
② 刑法の独立性
問題意識を把握したところで、処理の方法を探ることにしましょう。
まず、一番簡単な処理の方法が、民法は民法、刑法は刑法という処理の仕方です。ヨソはヨソ、ウチはウチ、という訳ですね。
これは前田教授に代表される考え方で、民法上返還請求権が否定されようが、所有権の帰属が民法上確定しようが、刑法は刑法で刑法上の所有権の帰属や保護に値する利益を考えればいいじゃないか、という考え方です。この考えたなら、民法上の不法原因給付かどうかは、刑法上の財産権侵害の有無の一考慮要素 にすぎないこととなり、「他人の物」該当性肯定に傾くこととなります。
もしこの考え方を展開するのであれば、法秩序の統一性への配慮は必須となります。
民法はAという行為を禁止していないのに、刑法はAという行為を禁止しているという場合、一般人はAという行為をしていいのかどうか分からないです。それでは困りますので、法律が一般人に提示する行動規範はなるべく矛盾しないものにしなければならないです。この要請を法秩序の統一性といいます。刑法の独立性を強調すれば、単純に考えれば法秩序の統一性は害されますから、フォローを入れるのが必須なわけです。
例えば、私人間の利益の調整を主眼とする民法解釈と、横領罪の処罰の可否のメルクマールとしての他人性解釈とは問題領域が異なるため、提示する規範もその適用局面が異なり、法秩序の統一性は害されないという具合です。
(このフォローの説得力は微妙でして、あまりこの説はお勧めできないというのが本音ではあります)
③ 不法原因給付の処理
もし刑法の独立性を殊更強調しないのであれば、民法上の解釈論をある程度前提にして「他人の物」といえるかを考えていくことになります。
では、民法は不法原因給付についてどのように処理しているのでしょうか。
最判昭和45・10・21は、不法原因給付がなされた場合の処理について、「贈与者において給付したものの返還を請求できなくなったときは、その反射的効果として、目的物の所有権は贈与者の手を離れて受贈者に帰属するにいたったものと解するのが、最も事柄の実質に適合し、かつ、法律関係を明確ならし める」としています。
これは、708条が適用され、返還請求権が否定されたなら、(あげた方も受け取った方も公序良俗に反するという理由で)両当事者とも法の助力を得ら れないというあやふやな所有関係は、所有権の円満性から認めるわけにはいかず、そのような考慮が働く結果として、反射的に所有権の帰属が移ってしまうこと を意味します。これは民法学の通説も同様です。
ここから、民法上の所有権をAは失っており、保護される利益を有していないため、Aのものとは既にいえなくなっており、「他人の物」とはいえず、横領罪の成立を否定する処理が考えられます。これはシンプルですがとても説得力があります。
以上の二つの処理の方向性を知っていれば、この問題は終了です。事案を処理する限りにおいては、割とわかりやすい論点ですよね。また、どのような処理をするにせよ最判昭和23・6・5の判例は先例とは捉えない方がよいでしょう。
加えて、林教授の二分説は有力ではありますが、佐伯教授(及び民法の道垣内教授)が明快に反論を提示された今、説得力をもった論証するのは難しいですので、触れる必要はないでしょう。