謀議メモについて
伝聞法則シリーズ第4弾です。今回も、非伝聞の応用に位置付けられる上に、前回の「現在の精神状態に関する供述」の応用でもあります。だんだん議論が込み入ってきます。余力があれば、おまけとして領収書の証拠能力についても触れておきたいと思います。
① 謀議メモとは
謀議メモという問題類型は、「共謀成立過程における共謀者の発言内容」が、メモなどの書面に記載され、このメモが取調請求された場合に、このメモは「伝聞証拠」といえるのかどうか、というものです。
(cf. ちなみに、「共謀成立過程における共謀者の発言内容」が、これを聞いた者の証言により公判廷に顕出された場合には、❶「共謀者」の公判廷供述ならば、共謀者がそのような発言をしたこと自体が共謀という要件事実を構成するものとして要証事実となりうるため、典型的な非伝聞の一類型です。次に、❷「共謀者以外の者」の公判廷供述ならば、少し話は複雑です。今回の内容と被るのですが、まず、「謀議行為の存在」を要証事実と捉えると、発言内容に着目せざるをえませんので、間違いなく「伝聞証拠」にあたります。そこで、「(発言した)共謀者のその時点での(犯行計画という形で示された犯罪の)意図」を要証事実と捉えると、発言内容に着目はしていますが、これは「現在の精神状態に関する供述」の一場面として捉えることができます。通説からは、非伝聞と 扱えることになりますね。もっとも、何度も繰り返していますが、伝聞法則の潜脱との批判を避けるため、「共謀者のその時点での意図」が、究極的な要証事実 (つまりは、要件事実)に対して十分な推認力を有していることが、このように構成できる前提となります。そして、そのような推認力を有しているかどうかは、事案によるわけです。)
② 謀議メモのバリエーション
一口に謀議メモといっても、それが作成された経緯によって様々なバリエーションが考えられます。
例えば、㈠謀議者が自ら発言した共謀内容を書いたメモ、㈡共謀者全員が確認しあった内容をそのうちの一人が書いたメモ、㈢謀議の過程で参加者に回覧されて謀議形成の手段となったメモなどです。
この三種類の処理を抑えておけば、㈣謀議には参加していない作成者が、謀議参加者から聞いた共謀内容を記載したメモ、㈤全員での共謀内容を踏まえた上で、実行担当者らがより詳細に詰めた内容をその内の一人が記載したメモなど、もう少し複雑な経緯で作成されたメモであっても、処理に困ることはないはずです。という訳で、㈠~㈢の謀議メモの処理を見ていきます。
③ 謀議メモの処理~基礎編~
(1)㈠謀議者が自ら発言した共謀内容を書いたメモ
これは、上のcf.内で言及した内容と被ってくるのですが、このメモを「メモ紙記載の内容の共謀が成立したことを要証事実とするとき」、つまりメモ紙記載の内容の真実性の証明に用いるときは、典型的な伝聞証拠ですので、伝聞法則の適用は免れません。もっとも、このメモはメモ作成者の(犯罪計画という形で示された犯罪の意図という)「現在の精神状態に関する供述」と捉えることができます。
こう解すれば、「メモを書いた者のその時点での意図」が、それ自体としてあるいは他の証拠と相俟って、要件事実への推認力を有するのであれば、通説の立場から、非伝聞として取り扱われることが許されることになります。よって、関連性(表現・叙述の真摯性)の問題さえクリアできれば、証拠として許容できることになります。
(2)㈡共謀者全員が確認しあった内容をそのうちの一人が書いたメモ
このメモも、㈠と同様、「メモを書いた者のその時点での意図」を要証事実とする限りで証拠として用いるのであれば、非伝聞として扱うことは可能です。このメモは、さらに「共謀者全員のその時点での意図」を要証事実として証拠として用いることが出来るのか争われているのです。
(2-1)
この点、山室先生は、共謀の内容を示すメモの記載については、そこに示された意図を共謀参加者ごとに分断して考えることは不自然であり、メモの記載は、メモ作成者自身の意図と一体をなす共謀参加者全員の意図を表したものと解するのが実体に即していると主張されています。このように理解すれば、「共謀参加者全員のその時点での意図」を要証事実とする証拠として扱うことができるため、推認力が高まり、伝聞法則の潜脱のおそれはほぼなくなりそうです。構成しやすいですので、おススメです。
(2-2)
もっとも、川出先生の刑訴百選解説や、事例研究刑事法p.616など山室先生の見解に反対する考え方も説得的です。いわく、この理屈を貫くと、(㈡の場合とは異なり、)共謀参加者のうち一人が、共謀の内容と考えたものを独自にメモに書きとどめたような場合にまで、上記推認を認めることとなるが、メモの記載が、「共謀参加者全員の意図を表したものとみる方が実体に即している」とはいえない、とされます。
この考え方からは、基本的には㈡も㈠と同様に扱うべきこととなります。
もっとも、山室先生の考え方を採らない場合であっても、㈠にせよ㈡にせよ、「メモを書いた者のその時点での意図」を要証事実とする謀議メモのほかに、何らかの事情によって、「メモ作成者と他の共謀参加者の間において共通の意思形成がなされた」ことを立証できるのであれば、これら二つから、メモの記載が、「共謀参加者全員のその時点での意図」を表したものと認められます。
(cf. 東京高判昭和58・1・27は、上記㈣の類型の謀議メモの証拠能力が問題となった事案において、犯行計画メモについて、「現在の精神状態に関する供述」の問題の一部と捉え、通説の非伝聞説を採ることを明言したう えで、「そして、この点は個人の単独犯行についてはもとより、数人共謀の共犯事案についても、その共謀に関する犯行計画を記載したメモについては同様に考えることが出来る・・・ただ、この場合においてはその犯行計画を記載したメモについては、それが最終的に共犯者全員の共謀の意思の合致するところとして確認されたものであることが前提とならなければならない」としています。
この裁判例を分析しますと、まず、㈣の類型の謀議メモというのは、㈡の類型の謀議メモに伝聞過程がもう一個くっついた類型でありますが、後述しますように、謀議メモを「現在の精神状態に関する供述」であり、「作成者のその時点での認識」を要証事実と捉える限り、㈣も㈡も扱いは変わりません。そして、 この裁判例は、「それ(メモ)が最終的に共犯者全員の共謀の意思の合致するところとして確認された」場合、つまり上述のような「何らかの事情によって、メモ作成者と他の共謀参加者の間において共通の意思形成がなされたことを立証できる場合」であれば、「共謀参加者全員のその時点での意図」を要証事実と出来る旨判示しているように読めるため、㈡について、上述のような考え方を採った裁判例とも読めるのです。)
(3)㈢謀議の過程で参加者に回覧されて謀議形成の手段となったメモ
この㈢は、㈠㈡とは少し毛色が違います。このような場合のメモは、その作成者が認識した共謀の事実を記載したものではなく、それ自体が共謀の形成に利用され、その記載を基礎として共謀の内容が決定されているので、その存在及び記載自体が共謀成立の証拠となります。つまり、「現在の精神状態に関する供述」の一類型ではなく、典型的な非伝聞の一類型なのです。
④ 謀議メモの処理~応用編~
(1)㈣作成者が他の謀議参加者から聞いた共謀内容を記載したメモ
これは、㈡に比べて、メモ作成者の供述過程、及び発言者の供述過程の問題がある二重の伝聞性を有している点で特殊性があります。もっとも、これを「精神状態に関する供述」と捉え、「謀議行為の存在」ではなく、「メモ作成者のその時点での意図」を要証事実とする限り、㈡と処理の仕方は変わりません。山室先生の見解であれ、もう一つの見解であれ、証拠能力を肯定しうることとなります。なぜなら、作成者の供述過程の問題は、「精神状態に関する供述」と捉えることで解消していますし、発言者の供述過程の問題は、そもそも発言者の伝聞過程が問題となるような要証事実を設定していませんので、問題とならないからです。
(もちろん、これを「発言者のその時点での意図」を要証事実とするのであれば、発言者についての伝聞過程が一つ残っていますので、「伝聞証拠」として取り扱うべきこととなります。その結果、原則的に証拠能力が否定され、法321条1項3号の要件を充足しない限り証拠採用はできません。「謀議行為の存在」を要証事実とするのであれば、伝聞過程が二つ残っていますので、二重の伝聞性があり、署名・押印は通常無いため、証拠能力は完全に否定されます。)
ただ、この場合の「メモ作成者」は、犯罪とかかわりがない人間である可能性も十分あり、「メモ作成者のその時点での意図」は、要証事実として推認力を有していない場合も十二分にありえます。 このような場合には、たとえ自然的関連性が認められたとしても、伝聞法則の潜脱のおそれがあるといえますので、非伝聞として扱うことは許されず、伝聞法則 の適用を肯定すべきですし、二重の伝聞性があるため、(署名・押印等がメモにない限り、)結局証拠として許容されないこととなります。
(2)㈤全員での共謀内容を踏まえた上で、実行担当者らがより詳細に詰めた内容をその内の一人が記載したメモ
応用問題を自分で作ろうとして、この㈤のメモを考えてみましたけど、別に大した応用でもなかったですね。「メモ作成者のその時点での意図」を要証事実とする限りにおいては、非伝聞で、証拠能力肯定されますし、山室先生の見解をとらない場合は、認識の共有が他の客観的証拠や証言から立証できる限りにおいて、その者も含めた者のその時点での意図が要証事実となりうる、ということだろうと思います。
山室先生の見解からは、どうなるのでしょうかね。「実態に即している」のは、実行担当者までですし、メモ作成者の認識と一体をなす実行担当者全員の その時点での認識までが要証事実でしょうか。共謀した以上のことをやってきた場合(共犯の錯誤の場合)も当然想定されうる訳ですし、実行担当者までという気がしますね。まぁ㈤については、何の文献にも基づいていないので、適当に読み流してくれればよいです。
長くなりすぎましたので、領収書については、古江先生の「事例演習刑事訴訟法」のp.237以下が詳しく、領収書には、①その記載内容の真実性を証明するための証拠価値のほか、②領収書は、そのような記載のあるものとしての存在自体が有する固有の証拠価値があり、①の証拠価値が問題なら「伝聞証拠」、②なら「伝聞証拠」ではない、と分析できるという最も大事と思われる点を指摘するのみにとどめたいと思います。