訴因変更の要否について
訴因変更の要否について検討してみます。平成13年4月11日の最高裁判例が、この論点を理解するにあたってとても大きな意味を持っていますので、この部分を丁寧に説明したいと思っています。
① 訴因とは(再掲)
刑訴法は、256条2項において起訴状の記載事項に「公訴事実」を掲げ、256条3項前段において、「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない」とし、256条3項後段において、「訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定しています。この趣旨は、第一義的には、検察官に審判対象で刑罰権発動の根拠事実たる具体的犯罪事実を明らかにさせるためでありますから、訴因とは犯罪事実を特定の構成要件に当てはめた形での事実(罪となるべき事実)として検察官が明示したものを指す言葉です。
② 訴因の拘束力
裁判所の審判の対象は、公訴事実ではなく訴因です(圧倒的通説たる訴因対象説)。とすれば、基本的には裁判所は訴因に拘束され、裁判所の心証事実と訴因事実との間で食い違いが生じ、訴因以外の犯罪事実を認定する場合には、訴因変更手続(312条)を経なければなりません。これを経ないまま認定を行えば、検察官の処分権を侵害したものとして不告不理原則違反となり、絶対的控訴理由(378条3号)となるからです。この訴因変更手続を経なければいけないのはどのような場合かというのが今回のテーマです。そして、この訴因の裁判所への拘束力をそのままですが、訴因の拘束力といいます。
もっとも、訴因とは、刑罰権発生の根拠事実たる具体的事実を法律構成要件にあてはめた形で明示したものですから、法律構成を明らかにする側面と、事実を記載する側面があります。訴因の拘束力とは、このどちらの側面にあるのでしょうか。前者を重視する見解を法律構成説、後者を重視する見解を事実記載説というのですが、判例(最決昭40・4・21)・通説は、事実記載説です。すなわち、訴因の本質的機能が、具体的犯罪事実を明らかにすることによって、審判対象を識別することにあることからすれば、訴因の拘束力は事実記載面に求められるべきと考えるのです。
③ 訴因変更の要否
事実記載説からは、訴因の内容をなす具体的事実に変動があれば、訴因変更を要すると解する反面、事実に変動がなく、法的評価だけが問題となるような場合には、訴因変更は不要ということになります。
もっとも、事実記載説を前提にして、具体的事実の変動の有無を基準と考えても、わずかな事実の変動(例えば、被害総額1万円だと訴因にかかれていたが、心証は1万2千円だったとか)でも常に訴因変更手続きを経ないといけないとするのでは、煩瑣にたえず不合理です。そこで、「事実に重要なあるいは実質的な差異が生じた場合」に訴因変更が必要となるとするのが現在の多数説のようです。
しかし、この「事実に重要なあるいは実質的な差異が生じた場合」という基準だけでは、あまりに漠然としており、具体的事案解決に適切な物差しとはなっていません。そこで、平成13年判決が出るまでの間は以下のような議論がなされていました。
④ 具体的防御説と抽象的防御説の対立
つまり、まず「重要な」「実質的な」という基準は、被告人の防御上の不利益という観点からはかるものだと捉えた上で、具体的な訴訟経過を離れて、抽象的・一般的に判断する立場である抽象的防御説と、その事件における被告人の防御のやり方等の具体的な訴訟経過を考慮に入れて、具体的・個別的に判断する立場である具体的防御説が説かれていたのです。判例も、平成13年判決が出るまでの間は、具体的防御説に最初は立っていたものの、昭和36年以降に抽象的防御説に転換を遂げたものと理解されていました。
⑤ 平成13年判決の判断枠組み
では、④のような理解に対して、「訴因の果たすべき機能から理論的反省を迫った」(大澤裕先生・「法学教室」256号29ページ)と評価されている平成13年判決の判断枠組みを見ていきます。
最判平13・4・11は、「そもそも、殺人罪の共同正犯の訴因として は、その実行行為者がだれであるか明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考 えられるから、㈠訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。㈡とはいえ、実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項で あるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということがで き、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続きを要するものと 解するのが相当である。しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、㈢少なくとも、被告人の防御の具体的 な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではない」としています。
つまり、判例はまず、㈠に示されている通り、審判対象画定の見地から訴因の記載として必要や事項が変動しているか否かで訴因変更の要否を検討します。次に、㈠の要件からは訴因変更不要であっても、㈡に示されている通り、被告人の防御にとって重要な事項で、検察官が争点の明確化のために訴因において明示した事項については、原則として訴因変更を要すると考えるのです。もっとも、それは㈠の要件からは外れている以上、不可欠の記載ではないため、㈢に示されている通り、被告人の防御の具体的状況等の審理に照らし、❶被告人に不意打ちを与えるものではなく、かつ、❷認定事実が被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に訴因変更は不要としました。
以上を図式的にまとめますと、
㈠ 審判対象画定のために必要な事項か→○なら訴因変更必要
㈡ ㈠が×でも被告人の防御にとって重要な事項か→○なら原則として訴因変更必要
㈢ ㈡が○の場合でも審理経過等から❶❷が満たされ、被告人に不利益を与えないか→○なら例外的に訴因変更不要
㈣ ㈠㈡ともに×ならば、訴因変更不要
ということになります。この図式は、井上最高裁判所調査官の刑事訴訟法判例百選p.103の記載を参考にしています。
上述の㈠の判断を、「拘束力のある訴因事実」か否かの判断、㈡の判断を「拘束力のない訴因事実」においてもなお訴因変更を要するか否かの判断と表現されることもあります。
従来においては、㈠の判断、すなわち「拘束力のある訴因事実」の変更の問題こそが訴因変更の要否の問題であるとされていました。そして、㈡の「拘束 力のない訴因事実」の変更の問題はせいぜい争点顕在化措置が問題となるにすぎないと捉えられていたのです。しかし、訴因変更の要否の問題の射程は、「拘束 力のない訴因事実」にも及ぶのです。これを明らかにしたことが、上記平成13年判決の意義です。
ちなみに、㈠で×になった場合、つまり「拘束力ある訴因事実」について訴因変更手続きを経ない違法は、絶対的控訴事由(378条3号)となるのに対し、㈡で×になった場合、つまり「拘束力ない訴因事実」について訴因変更手続きを経ない違法は、訴因の機能とは関わりのない違法ですので、相対的控訴事由(379条)にとどまるものと解されています。
以上の平成13年判例の考え方は、審判対象の画定の見地を第一義に捉えることから、識別説との整合性もとれ、極めて有力になってきています。判例の 立場として確立している以上、可能ならば、この基準を用いるべきものと思われます。この基準を論証する際に注意すべきは、㈠の要件は、訴因の識別機能から そのまま導出できますが、㈡の要件は、(判例の立場として論証するのならば)識別説に立っているわけですから、訴因の防御機能から導出し、防御機能に識別 機能と異なる意味を持たせては論理矛盾となります。㈡の要件は、訴訟の全過程を通じて広く求められる「争点明確化による不意打ち防止の要請」から導出するのが適切であるようです(古江先生の「事例演習刑事訴訟法」p.161参照)。
⑥ 縮小認定の理論
訴因変更の要否にあたっては、事実面の変動があっても、認定すべき事実が当初訴因に完全に包摂されている場合には、訴因変更を要しないとする縮小認定の理論が判例・学説上承認されています。例えば、判例は、最判昭和25・6・15において、「強盗の起訴に対し恐喝を認定する場合の如く、裁判所がその態様及び限度において訴因たる事実よりもいわば縮小された事実を認定するについては、敢えて訴因罰条の変更手続きを経る必要がない」として、この理論を用いています。これは、理論的には裁判所の認定事実が訴因事実に含まれているときは、検察官により予備的・黙示的に主張されているものとみられ、定型的に、被告人の防御に不利益を与えることがないからといわれています。
この理論は、平成13年判例の図式でいうと、どこに位置付けられるのでしょうか。
㈠→(検察官により黙示的に主張されているから)×、㈡→(定型的に、防御に不利益を与えることがないから)× であるため、㈣にあたるとも考える ことができますし、古江先生の前掲p.163にあるように、検察官により黙示的に訴因として主張されていたものに沿って裁判所は認定しているだけであるた め、黙示的主張が認められる限りにおいては、訴因変更の要否というこの論点にそもそも入ってこないと捉えることもできると思われます。
⑦ 争点顕在化措置
上記の基準に従って事例を検討した結果、訴因変更が必要なのに手続を踏んでいない場合は、不告不理原則違反となり議論は終了するのですが、訴因変更が不要であった場合は、それで検討を終了してはいけません。
縮小認定を用いて認定した場合や、「拘束力のない訴因事実」に事実の変動がある場合で上記判例理論から訴因変更不要と結論付けられた場合、訴因の枠 内の変動に過ぎなかった場合は、訴因変更は不要ですが、審理状況にかんがみ、被告人に不意打ちとなる事実認定とならないよう争点として顕在化する措置をと るべきものとされています。
判例もよど号ハイジャック事件判決(最判昭和58・12・13)において、「争点として顕在化させたうえで十分の審理を遂げる必要があると解されるのであって、このような措置をとることなく、(中略) 被告人の関与を肯定した原審の訴訟手続きは、本件事案の性質、審理の経過等にかんがみると、被告人に対し、不意打ちを与え、その防禦権を不当に侵害するものであって違法である」としています。
このような争点顕在化措置が必要とされるのは、訴因制度を採用し、当事者主義を基調とする現行刑訴法においては、不意打ちの事実認定は認められないと解するからです。また、法は証拠について開示義務を負わせ(299条1項)、反対当事者に対し証拠の証明力を争う機会をあたえるべきこととしている(306条)など、証拠の面に関して不意打ち禁止を定めており、同様の思想を事実認定に関しても当然認められてしかるべきといえるからです。
もっとも、「拘束力のない訴因事実」に事実の変動がある場合は、判例理論㈡で不意打ち防止については検討しているため、この検討は必要ないものと考えられます。判例理論㈡と争点顕在化措置の関係については、「事例研究刑事法Ⅱ」の田口先生のp.522の解説が分かりやすいです。