強制採尿

強制採尿について

 

強制採尿についての論点(可否、方法、連行の可否)を判例の立場を中心に見ていきます。

 

①     強制採尿とは

 

強制採尿とは、「尿を任意に提出しない被疑者に対し、強制力を用いてその身体から尿を採取すること」最決昭55・10・23)です。現在は、カテーテル使用による直接採尿の方法が採られています。すなわち、ピンセット等でカテーテルの先端をつかみ、その先端に減菌グリセリンをつけ、外尿道口から尿道内に導き入れて、膀胱に達せされる、という方法で行われます。

この強制採尿という方法は、対象者にとって、習熟した医師が十分な殺菌をした上で行えば、感染や損傷のおそれはあまりありません。しかしながら、や られる立場に立って想像して頂ければ分かるように、ものすごく屈辱感を与える方法です。このような方法が何故現在正当化されているのでしょうか。

 

②     強制採尿の必要性

 

この強制採尿が必要な理由は、禁止薬物使用事犯(特に覚せい剤)において、尿の証拠価値は、決定的で、かつほぼ唯一の証拠といえるからです。

何故そういえるのか、もう少し言葉を足しますと、静脈にうつタイプであれば、注射器が残っている可能性がありますが、錠剤を飲むタイプや銀がみで炙ってそれを吸うタイプはなかなか証拠が残りません。何より、禁止薬物は密室で単独で行われることが多く、証拠隠滅も容易で客観的証拠はほぼ出てこないのです。加えて、被疑者の自白を得たとしても、例えば覚せい剤ではないのに同様の薬理効果が得られる擬似覚せい剤として別の合法ドラッグが出回っており、本人もそれを知らないような場合もありうるため、使用行為についての自白の証明力には限界があります。さらに、覚せい剤の血中残留期間は約30分ともいわれ、被疑者の血液も実質的には証拠になりえないのです。

 

③     強制採尿の可否

 

では、強制採尿が薬物犯罪検挙に必要であるとしても、かかる行為は個人の尊厳(憲法13条)を害するようにもみえますが、憲法上許容されるのでしょうか。

 

有名な、最決昭55・10・23は、「(強制採尿は)医師等これに習熟した技能者によって適切に行われる限り、身体上ないし健康上格別の障害をもたらす危険性は比較的乏しく、仮に障害を起こすことがあっても軽微なものにすぎないと考えられるし、また、右強制採尿が被疑者に与える屈辱感等の精神的打撃は、検証の方法としての身体検査においても同程度の場合がありうるのであるから、被疑者に対する右のような方法による強制採尿が捜査手続上の強制処分として絶対に許されないとすべき理由はな(い)」としています。

 

その上で、許容するための要件として、「㈠被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合に、最終的手段として、㈡適切な法律上の手続を経てこれを行うことも許されてしかるべきであり、㈢ただ、その実施にあたっては、被疑者の身体の安全とその人格の保護のため十分な配慮が施されるべき」としています。㈠が、実体的な要件で、捜査上の高度の必要性を要求しており、㈡が手続き的な要件を、㈢ が実際に実施する上での要件を定めているのです。それにしても「最終的手段」というのは判例がめったに使わないフレーズですよね。許容すべきかどうか、と いう判事の悩みが伝わるかのようです。では、㈡にいう「適切な法律上の手続」とはなんでしょうか、これが次の問題です。

 

④     強制採尿の方法

 

強制採尿が一定の要件の下、許容されうるとしても、刑事訴訟法は同法に規定がなければ強制処分を肯定しませんでした(197条1項但書)。では、根拠をどの規定に求めるのか、というのがこの「適切な法律上の手続」は何かの問題です。

上記判例は、「体内に存在する尿を犯罪の証拠物として強制的に採取する行為は捜索・差押の性質を有するものとみるべきであるから、捜査機関がこれを実施するには捜索差押令状を必要とすると解すべきである。ただし、右行為は人権の侵害にわたるおそれがある点では、一般の捜索・差押と異なり、検証の方法としての身体検査と共通の性質を有しているので、身体検査令状に関する刑訴法218条5項が右捜索差押令状に準用されるべきであって、令状の記載要件として、強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件記載が不可欠である」としています。

実務がこれで回っている以上、この論証はエッセンスを抽出してそのまま覚える類のものですよね。ただ、「体内に存在する」ことではなく「尿」が捜索差押の性質を有することの理由であることに注意しなければなりません。「体内に存在する」血液を採取する場合は、捜索差押ではなく鑑定の性質を有しますよね。あくまで尿は、体内に存在する場合であれ、いつでも体外に排出できる老廃物であって、身体の一部ではないと考えるからこそ、物に対する捜索差押と同視できるのです。ですから、ここの説明を少し補強する必要があります。

 

Cf. 方法に関するマイナー論点として、逮捕中の被疑者に対して、逮捕に伴う無令状捜索・差押(220条1項)として強制採尿をなしうるか、という問題があります。これは、上記判例が強制採尿の性質を捜索差押の一種とみたことに起因した問題です。この点について、学説は否定的に解するのが一般のようです。理由としては、判例は手続要件として「適切な法律上の手続」を要求し、そのための法形式として具体的条件を付した捜索差押令状のみを挙げていること、強制採尿の有する危険性にかんがみて、裁判官による事前審査は不可欠であること等が挙げられています。

 

⑤     採尿のための強制連行の可否

 

次に問題となるのが、上記判例は「実施にあたっては、被疑者の身体の安全とその人格の保護のため十分な配慮が施されるべき」としていますが、そのような場所まで有形力を行使して連れて行くことは許されるのかどうかです。

逮捕・勾留中の被疑者に対しては、逮捕勾留の効力として(198条1項但書)被疑者を連行すればよいわけですが、身柄拘束されてない被疑者に対しては、さあどうしようか、というのがここでの問題です。

 

この点について、最決平6・9・16は、「㈠身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができ、その際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、強制採尿令状の目的を達することができないだけでなく、㈡このような場合に右令状を発布する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである。」として、積極的な形で㈠の要件を、そして消極的な形で㈡の事前の司法審査の経由という要件を課し、これをクリアした場合には、強制採尿令状の効力として連行が認められるものとしています。

ちなみに、同様の理由づけをする学説を令状効力説というのですが、この説はさらに、強制採尿という本体の強制処分について令状審査がなされれば、それに付随したような処分は包括的に授権されているとする包括的審査説と、具体的資料に基づいて連行の可否を裁判官が審査すべきとする具体的審査説に分けられます。そして、最決平6・9・16は、㈡に言及していますので、令状効力説の中でも具体的審査説を採用したものとみられています。

 

以上が、強制採尿の問題群でした。最後に、ここでは軽くしかご紹介できませんが、渡辺咲子先生の「判例講義刑事訴訟法」p.180はとても興味深い内容です。上記最決平6・9・16の 判例は、強制採尿の論点であるとともに、職務質問のための有形力行使の論点でもあります。ほんと簡潔にこの判例を説明すると、職務質問のため6時間半もと どめおいた警察官の行為が「移動の自由を長時間にわたり奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法」と評価されたのでし た。しかしながら、警察官としては、強制採尿は「最終手段として」許されるものであるため、ギリギリまで同意をとろうと頑張る結果、説得が長引き、時間が 長くなってしまうのです。別々の論点として覚えていたものがこんな感じでくっつくのは少し面白いな、と感じました。