強制捜査と任意捜査について
強制捜査と任意捜査の区別について本稿で扱います。本稿において重要なのは、最決昭和51・3・16の射程を如何に解するかですので、ここを丁寧に説明していきたいと思います。
① 強制捜査、任意捜査とは
197条1項は、「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、 この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない」と規定しています。ここでいう「取調」は、語義のうえでやや無理がありますが、証拠収集のほか、被疑者の身柄保全をも含む捜査活動全般を指すものと解されています。
これは、捜査には、任意処分としての任意捜査と、強制処分としての強制捜査があり、任意捜査の場合は、197条1項本文が(「取調」という文言にも 関わらず)包括的な根拠規定となり、「必要」な範囲ですることができるのに対し、強制捜査の場合は、197条1項但書によって、「法律に特別の定」が必要 (強制処分法定主義)と条文は規定しているのです。
ここから、適法な捜査として許容するための要件が異なりますので、当該捜査が強制捜査にあたるか、任意捜査にあたるかの区分が問題となることが見えてきます。
② 強制捜査と任意捜査の区分
強制捜査と任意捜査の区分は、197条1項但書の「強制の処分」の文言解釈によって決します。つまり、「強制の処分」という文言の意味するところが明らかとなり、強制処分の性質を有する強制捜査の意味が確定し、強制捜査以外の捜査を任意捜査と位置付けることによって区分は完了するのです。
では、「強制の処分」とはいかなる意義を有するのでしょうか。
従来、「強制の処分」とは、物理的な実力ないしは強制力を用い、あるいは人に義務を負わせることを伴う処分をいう、とする見解が一般的でした。
もっとも、この見解では、㈠写真撮影・電話傍受等有形力の行使を伴わない処分を「強制の処分」とする余地がない点で狭すぎ、かつ、㈡「強制の処分」 ではなくとも有形力の行使を是認しうる場合はあるはずで、有形力の行使をすべて「強制の処分」とする点で広すぎると批判されていました。一言でいうと、基 準として全く使い物にならなくなっていたのですね。
そのような状況下で、呼気検査説得中の有形力行使が問題となった事案において、最決昭和51・3・16は、「捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここでいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」と判示しました。
この判示は、まず、「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく」として、上述の伝統的な理解を否定しました。
そして、「強制手段」とは、「①個人の意思を制圧し、②身体、住居、財産等に制約を加えて③強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」と定義したのです。
ここまでがこの判例についての共通の理解です。ここからは、判例の理解の仕方が異なり、それに伴って、判例の射程や「強制の処分」の定義も異なることになるので、個別に説明することにします。
(1) 井上教授に代表される多数説の理解
まず、この判例は、呼気検査説得中に任意同行し、有形力行使がなされたという特殊な事案における判示であるし、その文言からはあくまで有形力の行使 の許容性判断基準として判示していることは明らかではあるけれど、「強制の処分」の一般的基準を明らかにしているようにも見え、より一般的な意味を持つと 理解します。
この点について、井上教授は、百選解説p.5において、「本決定の採用した上記基準は、最高裁自身が意識していたか否かは別として、本件事案で問題とされた任意同行の場合の有形力行使の限界という問題にとどまらぬ、より一般的な意味合いを持つものであったように思われる」と表現されています。
つまり、最決昭和51・3・16の射程は、有形力の行使がなされた事案のみならず、有形力の行使が必ずしも問題とならない事案にまで及ぶものであり、そうだとすれば、判例の示した基準は、全捜査を対象として「強制」性の有無を判断するものであるため、「強制の処分」の定義を示したものと理解できるわけです。
次に、判例の示した基準をスマート化します。③は、「強制の処分」というワードや強制処分法定主義を言い換えたにすぎず、内実は持たないとして基準から外し、①②のみが判例の基準であるとするのです。
さらに、意思を「制圧」したか否かという基準は、明示された反対意思を押しきったかどうかを意味しますが、写真撮影や通信傍受等知らぬ間に行われる捜査について規律することはできないので、「明示又は黙示の意思に反して」が全捜査を規律するためのより適切な①の表現であり、②に関しても、「身体、住居、財産等」は、重要な権利・利益を例示したにすぎず、「法定の厳格な要件・手続によって保護する必要があるほど重要な権利・利益に対する実質的な侵害」という表現が適切な②の表現であるとします。
この①②の表現をあわせますと、「強制の処分」とは、「①個人の明示又は黙示の意思に反して、②法定の厳格な要件・手続によって保護する必要があるほど重要な権利・利益に対する実質的な侵害」ということになります。強制捜査は、このような「強制の処分」を伴う捜査をいい、任意捜査は強制捜査ではない捜査をいいます。
このように理解するのが、現在の多数説です。
もっとも、論証する際には、「強制」の文言から①の基準を引き出し、写真撮影等の存在から被侵害法益にも着目すべきことをも引き出し、強制処分につ いて憲法の令状主義の規制を受けるうえ、現行刑訴法の強制処分に関する要件や手続きがかなり厳格であることを指摘したうえで、②の基準を導けばよいものと 思われます。(私見)
(2) 川出教授らの有力説
他方、判例の射程は有形力の行使が伴う捜査に限られるという見解から出発するのが、川出教授の有力説です。
上述のように、判例の事案は、あくまで呼気検査説得中に任意同行をし、有形力行使したという事案であり、判示内容を一般化するとしても、任意同行中 に限らず「有形力行使した捜査」にまで一般化できるにとどまり、「捜査一般」にまで一般化できないと考えるのです。そして、「捜査一般」にまで一般化でき ない事を知っていたからこそ判例は、「強制の処分」の文言解釈ではなく、「強制手段」という表現を用いているのだと考えます。
このように考えた場合、「強制の処分」を伴う捜査には「有形力行使を伴う捜査」と「有形力行使を伴わない捜査」の二類型あることとなり、前者では、「意思の制圧」の有無が、後者では、最決平成11・12・16がリーディング・ケースと捉え、「意思に反した重要な権利・利益の制約」の有無が基準となると考えられています。これにあたるか否かにより、強制捜査と任意捜査も区分されることになります。
論証する際には、二類型が何故区別されるべきなのかをどれだけ説得的に説明できるかが勝負になりそうです。「有形力行使を伴う」場合は「強制」の文言から「明示の意思に反したか否か(意思の制圧の有無)」は導けますので、それを基準として、「有形力行使を伴わない」場合は、類型的な危険性が低いこと を指摘したうえで、(197条但書の趣旨が最終的には国民の権利利益保護であることから、)より厳しい基準である「意思に反して重要な権利・利益」が害さ れたかを設定することとなると思います。(私見)