実況見分調書

実況見分調書について

 

伝聞法則シリーズ第7弾として、実況見分調書について取り扱います。実況見分調書の論点は大きく分けて、実況見分調書に321条3項の(類推)適用を認めるか「現場指示」「現場供述」部分の取扱いをどうするか、という二点です。

また、「再現実況見分調書」については、供述写真の論点も絡んできますので、次回に取り扱うことにします。

 

①     実況見分調書とは

 

実況見分調書とは、捜査機関が任意処分として行う検証(=場所、物、人について五官の作用で感知する処分)結果を記載した書面をいいます。必ずしも題名が「実況見分調書」というわけではなく、「捜査報告書」や「犯行再現報告書」、「被害再現報告書」等であっても、内容がこの定義に該当すれば、それは実況見分調書として扱われます。

 

②     321条3項の趣旨

 

321条3項は、「検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる」と規定しています。

 

この321条3項は、捜査機関が令状により(218条)又は逮捕に伴う検証として無令状で(220条1項2号)行った検証の結果を記載した書面(=検証調書)を念頭においています。

何故、本来(検証調書も含めた)捜査官の供述書は、321条1項3号の厳格な要件を満たさないと伝聞例外として証拠能力が肯定されることはなかったはずなのに、検証調書は、このような緩やかな要件で証拠能力を肯定しているのでしょうか。

 

その理由としては、検証調書は、❶検証が場所や物に対する客観的認識を旨とする作業であり、検証者の主観的意図により内容がゆがめられるおそれが少ないこと(書面による相当性)(信用性の情況的保障)、❷詳細な検証対象の状況については、事柄の性質上、公判廷において口頭で報告するよりも検証直後に作成された文書により行った方が正確性を保ち得ること(書面による必要性)(必要性)が挙げられています。

 

③     実況見分調書への321条3項(類推)適用の可否

 

321条3項は、以上のように検証調書を念頭に置いているのですが、実況見分調書も含まれると考えてよいのでしょうか。

通説は、実況見分調書への321条3項の(類推)適用を肯定します。

なぜなら、検証調書と実況見分調書とは、強制処分か否かの違いがあるだけで、処分の主体や客観的な内容は同一であり、上述の❶❷の趣旨が実況見分調書にもそのまま妥当するといえるからです。

判例(最判昭和35・9・8)も、「刑訴321条3項所定の書面には捜査機関が任意処分として行う検証の結果を記載したいわゆる実況見分調書も包含する」として、321条3項の直接適用を肯定しています。

ここは通説の理由づけさえ押さえれば、反対説を押さえる必要もないと思います。また、判例は(調査官解説によれば)321条3項の「直接」適用したものといわれていますが、類推適用や準用と処理してもいいのだと思います。

 

(cf. 検証とは、視覚・聴覚等の五官の作用によって、場所・物・人等の存在・形状・作用等を認識する作用であって、強制処分として行われるものをいう、と検証を定義し、それが321条3項にいう「検証」においても同様であると捉えたのなら、実況見分は任意処分ですので、検証の定義にあてはまらないのですから、321条3項の直接適用というのは避けなければなりません。321条3項の直接適用というためには、本文のように、少なくとも321条3項の「検証」は、強制処分に限られないものと考える必要があります。)

 

④     「その真正に作成されたものであることを供述したとき」

 

では、321条3項が適用されることを前提に、その「供述者」たる実況見分を行った捜査官を公判期日で証人として、尋問がなされる訳ですが、321条3項で証拠能力が肯定されるための要件である「その真正に作成されたものであることを供述したとき」とは、どこまで供述することを要するのでしょうか。

 

これは、作成名義の真正(=間違いなく自分が作成したこと)、記載内容の真正(=相当な方法により、真摯に見分し、その結果を正しく記載したこと)、見分内容の真実性(=調書の内容の真実性)のどこまで供述することが必要か、という問題です。

 

実務においては、作成名義の真正のような形式的な尋問のみでは、伝聞例外を許す信用性の情況的保障の基礎とすることはできず、他方、見分内容の真実性まで要求してしまうと、検証の処分の性質に着目して、要件を緩めたはずの321条3項の趣旨にそぐわないとして、作成名義の真正及び記載内容の真正についての供述が必要と解されているようです。この論点は、この結論さえ覚えておけば十分でしょう。

この見解からは、見分内容が客観的事実と符合しているかどうか、それについて反対尋問に対して崩れなかったかどうか(=見分内容の真実性)は、証拠能力ではなく、調書の信用性の問題となることになります。

 

(cf. 本文では前提にしちゃっていますが、「供述したとき」というのは、反対尋問に対して崩れなかったことまで包含しています。ですから結局、実務の見解からは、証拠能力判断の段階では、作成名義の真正や記載内容の真正について、反対尋問に対して崩れなかったことまで必要なわけです。)

 

⑤     指示説明部分の証拠能力

 

捜査機関は、実況見分を実施する際、被害者や被疑者、目撃者などを立ち会わせて、犯行現場や犯行状況等を確定するため指示説明を求めて、その指示説明も併せて実況見分調書に記載しています。

 

このような指示説明部分は、一般に「現場指示」と「現場供述」に分類されています。「現場指示」とは、実況見分を実効あらしめるために行なわれた、見分の動機・手段となった立会人の指示説明をいいます。「現場供述」とは、実況見分の実施に必要な範囲を超えているか、又は見分の動機・手段とはなっていない立会人の説明をいいます。この区別方法は、最後に触れることにしまして、まずそれぞれの取り扱いを見ていきます。

 

(1)   現場供述

 

まず、現場供述については、実況見分の機会においてなされた立会人の過去の体験供述であり、留置場等で供述がなされるような場合と、ただ供述がなされた場所が異なるだけであり、321条3項のみにより証拠能力は付与されることはない、とすることに争いはありません。供述内容の真実性を度外視すると、何らの証拠価値も有さず、その内容の真実性を立証するための(狭義の)供述証拠とみる他はないからです。

そうすると、(326条の同意がない限り、)立会人が被告人であれば、322条1項で、立会人が被告人以外であれば、321条2号又は3号で証拠能力の有無を判断すべきこととなります。もっとも、指示説明記載部分は、立会人と調書作成者の二重の伝聞性があり、通常、実況見分調書に立会人の署名・押印はないため、結局証拠として採用できないこととなります。

犯罪捜査規範105条も「実況見分調書は、客観的に記載するように努め、被疑者、被害者その他の関係者に対し説明を求めた場合においても、その指示説明の範囲をこえて記載することのないように注意しなければならない」として、現場供述を実況見分調書に記載しないよう規定を置いています。

このような供述は、別途立会人を取り調べて、もし必要があれば供述録取書にしておくべきなのです。

 

もっとも、仮に実況見分調書に現場供述部分があるとしても、326条の同意があれば、実況見分調書全体の証拠能力は肯定されますし、同意がなくとも、現場供述部分を除外して実況見分調書の証拠能力を肯定することも可能なようです(田中先生の「新実例刑訴Ⅲ」p.43)。

 

(2)   現場指示

 

これに対し、争いがあるのが、現場指示です。

 

(a)      供述証拠説

 

まず、指示説明部分も、実況見分の内容に沿ってなされているとはいえ、立会人の過去の体験供述の面もあるとして、供述証拠と捉える見解があります。この見解からは、現場供述について述べたのと同様の処理、すなわち立会人が被告人であれば、322条1項で、立会人が被告人以外であれば、321条2号又は3号で証拠能力の有無を判断すべきこととなります。また、指示説明記載部分は、立会人と調書作成者の二重の伝聞性があり、通常、実況見分調書に立会人の署名・押印はないため、結局証拠として採用できない、ということも現場供述と同様です。

 

(b)      非供述証拠説

 

通説であり、実務です。現場指示は、(内容の真実性を問題にせずとも)その存在自体が見分の趣旨を示す限度で証拠価値を有するものであるし、見分者たる捜査官にとっては、直接知覚したものであって、見分の結果の一部ともいえることから、殊更立会人の過去の体験供述という側面を強調して独立して立会人の供述証拠として扱う必要はなく、(非供述証拠として、)実況見分の結果と一体となって、321条3項により証拠能力が認められると考えるのです。

 

(cf. 非供述証拠だから、という説明と実況見分結果と一体だから、という説明を混ぜ合わせて書きましたが、論理的にはいずれか一つの説明を選択すべきかもしれません。いずれか一つを選択するとしたら、実況見分結果と一体だからという田中康郎先生の説明をおススメします。)

 

判例(最判昭和36・5・26)も、「立会人の指示、説明を求めるのは、要するに、実況見分の1つの手段であるにすぎず、被疑者及び被疑者以外の者を取り調べ、その供述を求めるのとは性質を異に」するとしています。

 

この見解からは、実況見分の結果と一体となった限度において現場指示の証拠能力を肯定しますので、要証事実は、立会人がそのような指示説明をしたという事実自体にとどまり、指示説明内容の真実性立証の証拠として用いることはできません。指示説明内容の真実性を立証したいと捜査機関が考える場合は、実況見分調書とは別に、立会人を取り調べて指示説明した内容と同内容の供述録取書を得ておく必要があります。

 

(3)   現場供述と現場指示の区別

 

このように、通説・判例の立場からは、現場供述と現場指示とでは取扱いが異なるので、区別を明確にする必要があります。定義上、見分実施に必要な範囲内かどうか、見分の動機・手段を記載したものかどうかで区別されることとなりますが、この区別は実況見分調書の記載によって形式的になされるものではな く、何を要証事実とするかによって定まってきます。

 

例えば、❶犯行状況や被害状況そのものを立証する趣旨であれば、立会人の指示説明から犯行状況自体の認定をすることとなるため、指示説明の内容の真実性が問題となり、現場供述ですし、❷犯行に関連する現場や人の状況そのものを立証する趣旨(ex.被疑者と被害者の相互の位置関係)や犯行の客観的な可能性や再現者の供述内容が信用できることを立証する趣旨(ex.被疑者が被害者宅の塀を実際に乗り越えられること)であれば、現場や人の状況、犯行の客観的な可能性を立証するのは、まさに実況見分によって立証されるべき事柄であり、指示説明部分は実況見分の動機・手段として用いられていると評価できるため、現場指示といえるのです。(「事例研究刑事法Ⅱ」p.670~p.673参照)

 

以上で、実況見分調書についての検討を終えることにします。