利益供与の禁止について
利益供与に関する会社法120条・970条の規定について見ていきます。元々利益供与規制は総会屋(=株主の権利を濫用して会社から不当な利益を得る者)対策だった云々という沿革については、どの教科書にも書いてある事ではありますが、今日における重要性はあまり高くないと判断し、これ以上はあえて触れないことにします。
① 利益供与とは
利益供与というのは、120条1項に規定されているように、「株式会社」が、「株主の権利の行使に関し」、「財産上の利益の供与」をすることです。
典型的な場面としては、会社(経営陣)が特定の株主に対して金銭を与えて、その見返りに経営陣の提示する事業計画に賛成する形で株主総会において権利を行使してもらうような局面が挙げられるでしょう。
もっとも、120条1項は、「何人に対しても」と規定しているため、利益の供与先は株主に限られません。反対に、「株式会社」のみが行為主体として規定されているため、経営陣が自腹で金銭を支払うような場合には、(「株式会社・・・の計算において」にも該当しませんし、)この規制の対象外です。
しかし、後で支出した者が会社財産から補填を受けるようなシステムであれば、会社の計算で支払われたといえますし、支出が実体として「株式会社」の行為であると評価できますので、やはり120条の規制の対象となります。
② 利益供与規制概要
利益供与規制の概要を説明します。
まず、会社法は120条1項で、上述のように利益供与を定義したうえで、120条3項で「利益の供与を受けた者」の返還義務を定め、120条4項で「利益の供与をすることに関与した取締役」が供与した額の穴埋めをすべき旨定めています。
そして、970条1項が、利益供与をした取締役等が、「三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金」となる旨定め、970条2項3項において、利益供与を受けた者やさせた者、利益供与要求者も「三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金」となる旨を定めています。ただ、利益供与を受けた者やさせた者はそれだけでは違法性は弱いので、要件に「情を知って」がついているのです。
(cf. ちなみに、120条4項は、「関与した取締役」に保証責任を課したものと理解されています。この責任は任務懈怠責任より原告の立証責任が緩和されているうえ、「供与した利益の価額に相当する額」とされており、損害の範囲が明確化されていまして、原告救済の実効性が高いです。従って、任務懈怠責任より先に、まずこの責任について答案では検討すべきこととなります。また、この条項にいう「関与した」の意義は、会社法施行規則21条に規定されていまして、「利益の供与に関する職務を行った」ことや、利益供与が「取締役会の決議に基づいて行われた」場合には「決議に賛成した」ことなどが挙げられています。)
③ 利益供与規制の趣旨
何故、利益供与は刑事罰の対象となるうえ、取締役に重い責任を負わせているのでしょうか。これには大きく分けて2つの考え方があるようです。
❶ 会社関係者の行為の規律それ自体が規制の目的であるとする考え方です。この考え方は、さらに会社財産の浪費防止が主目的とする見解や会社運営の健全性確保が主目的とする見解などさらに細かく分類することができるようです。
❷ 株主の権利行使の公正さの確保が規制の目的であるとする考え方です。この考え方は、120条と970条の趣旨を統一的にとらえ、970条の刑事罰の保護法益(=株主の権利行使の公正)が120条にそのまま妥当するという考え方です。この点に特徴があるため、❷を際立たせるために、大抵の教科書ではこのように分類しているのです。
では、どのように捉えるべきでしょうか。
司法試験において、利益供与に関する事案を分析する必要に迫られる場合というのは、取締役の刑事罰の可否を問う局面である可能性はあまり高くなく、利益供与をした取締役に対して会社に財産を返還させて会社資本を充実させることで、持株価値を上げることを意図した株主代表訴訟の一貫として問題となるケースが多いと思われます。
このようなケースでは、民事責任のみが問題となっているのですから、必ずしも970条の保護法益との整合性に配慮する必要はありません。民事責任の趣旨は多様でありうるのですから、株主の権利行使の公正さの確保と共に、会社財産の浪費防止をも趣旨に含めるのが良いと思います。会社財産の浪費防止が趣旨に加わると、取締役がポケットマネーで株主に利益を与えた場合が規制対象外となっている(「株式会社・・・の計算」で行われている必要がありましたよね)ことをうまく説明できるからです。
もっとも、民事責任に加えて刑事責任まで問題となりうるような場合には、答案上整合性について無視するわけにもいきませんので、民事責任と刑事責任の違いを強調した上で上記見解に立つか、あるいは❷説に立つべきであると考えます。
④ 120条1項の要件論
では、120条1項はいかなる局面を規律するものであるか、一つ一つの要件に着目してみていくことにします。「株式会社は、」「何人に対しても」は①で述べたとおりですし、文言そのままの意味です。
(1)「会社の計算において」
これは、最終的に会社にその経済的効果が帰属するかどうかをいいます。①でも述べましたが、取締役が自費で行う場合は、会社に負担はありませんので、この要件には該当しません。この要件は、会社財産浪費防止の趣旨から導かれるものです。
(2)「財産上の利益の供与」
「財産上の利益」とは、金銭で見積もることのできる経済的利益をいいます。金銭・役務の提供、信用の供与、債務の免除などが典型例でしょう。報酬付きで会社の顧問になることも金銭で見積もり可能ですので、当然含まれることになります。これに対し、息子を取締役候補とすることは、素直に考えると、候補者の地位は金銭評価が困難で含まれないといえそうです。ただし、候補者に選ばれるとほぼ確実に取締役になるとして、取締役にするのと同視できると考えると、役員報酬は金銭評価できるため、含まれると考えることもできますね。
「供与」は、授受が完了したことをいいます。金銭を渡そうとしたが、相手に受領を拒まれたような場合は、「供与」は相手方の受領も含んだ概念ですので、「供与」とはいえないことになります。趣旨から考えても、拒まれたのなら会社財産浪費防止の趣旨にも反しないため、利益供与があったとはいえないですよね。
(3)「株主の権利の行使に関し」
これが一番厄介な要件です。120条2項は、株式会社が特定の株主に無償で、あるいは有償だけど会社が大損しているような形で「財産上の利益の供与」がなされた場合には、「株主の権利の行使に関し」という要件が推定される旨の規定を置いています。従って、これにあたる場合は、原告としては一段落です。
しかし、これにあたらない場合や被告が120条2項の推定を覆すような場合は、「株主の権利の行使に関し」がいかなる意義を有するか特定する必要があります。
まず、争いがないのは、「株主の権利の行使」と条文の文言ではなっていますが、株主の権利の不行使にも射程が及ぶということです。
これは会社にとって都合の良い権利(ex.株主総会で賛成票を入れる権利)の行使に対する利益供与も会社にとって都合の悪い権利(ex.株主代表訴訟を提起する権利)の不行使に対する利益供与も、会社財産浪費防止という趣旨からいえば、規制すべき必要性があることに何ら変わりがないからです。
(また、私見ですが、株主が会社法上保護されている権利を適正に行使されている環境を作り出そうとしているのが、利益供与禁止規制なのですから、そのためには会社が権利を発動するか否かについての株主の自由意志に介入することをトータルで阻止すべきです。「権利の行使に関し」という文言がもし株主が権利を行使しようとする意思のみを規律するものだとすれば、権利不行使への会社の介入を阻止できず、「権利行使する株主は適法に権利行使しているけれど、行使する株主はそもそもほとんどいない」という状況を必然的に招き、このような状況は適正に行使されている環境とは呼べないでしょう。)
その上で多数説は、「株主の権利の行使に関し」とは、権利行使(不行使含む)に影響を与える意図で行う場合をいうとしています。つまり、文言からは客観的に株主の権利行使に関するものかどうかという点が問題となっているように見えますが、会社側に権利行使に影響を与える主観的認識さえあれば客観面は問題としないとするのです。
判例(最判平成18・4・10)も、グリーン・メーラーに大量に株式を取得された会社の取締役が、同人から同社株式を暴力団の関連会社に売却する等と脅迫されて、売却を取りやめてもらうために、その要求に応じて行った融資名目の利益の供与が、違法な利益供与といえるか問題となった事案で、「株式の譲渡は株主たる地位の移転であり、それ自体は『株主の権利の行使』とはいえない」としながら、「会社から見て好ましくないと判断される株主が議決権等の株主の権利を行使することを回避する目的で、当該株主から株式を譲り受けるための対価を何人かに供与する行為は、上記規定にいう『株主の権利の行使に関し』利益を供与する行為というべきである」として、同様の見解に立っているようです。
以上が、要件論です。長くなりましたので、以下予定していた従業員持ち株制度や株主優待制度、議決権行使の促進策等具体的事案を検討することは省略します。どれも具体的事案に照らし、「株主の権利の行使に関し」といえるか、もっといえば株主の権利を行使することを回避することが目的となっているか否か検討すれば最低限の答案としてはそれで事足りるように思います。